• テキストサイズ

【HP】怪鳥の子

第54章 死にたがりの囁き


「よかった、そんなに遠くに行ってなくて…大丈夫?」
「…ちょっと一人になりたくて」
「ラベンダーたちは別に君のことを揶揄ったんじゃないくて----」
「分かってる」

 ミラはハリーが言い切る前にはっきりと答えた。

「みんながトムのことを知らないから仕方ないのは分かってる、でも…」

 苦虫を潰したように顔を顰めた後、苦笑いしてハリーを見た。

「また先生に呼び出されそう、困ったな」
「アイツのことなら、僕が話を聞くよ。アイツに何か言われたの?僕、君が心配だ…」
「----ありがとう、ハリー」

 ミラは少し微笑むと、ハリーもホッと胸を撫で下ろした。ハリーは無意識に緊張していたのだと気がついた。

「でもごめん。今はひとりにさせて」

 ミラはそう言うと、ハリーの目をまっすぐに見つめた。その瞳には、怒りでも悲しみでもない、ただ決意のような静けさが宿っていた。

「すぐに戻る、心配しないで。私の問題だから」

 短く言い残すと、ミラは踵を返し、長いローブを揺らして廊下の奥へと歩き出した。足音が石造りの床に小さく響く。ハリーはその背中を見送ったまま、声をかけられなかった。ただ、胸の奥で何かがつかえるような感覚だけが残る。

 彼女の“心配しないで”ほど、心配になる言葉はない。ハリーはそう思いながら、拳を握りしめた。
ミラの姿が角を曲がって完全に見えなくなったとき、廊下に残された空気は急に冷たく感じられた。

 さっきまで窓を震わせていた怒りの気配は消え、代わりに、どこか張りつめた静寂だけが漂っている。

 ハリーは小さく息を吐き、その場に立ち尽くしたまま、ミラが消えた方角をじっと見つめ続けた。
ほんの一瞬、角の向こうでローブの裾が揺れたように見えた。

 それが錯覚だとわかっていても、ハリーはそこから目を離せなかった。
/ 745ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp