第52章 ヒッポグリフ
「見たか?グローヴァーのあの顔。ああいうふうに笑うんだな」
「----あのデカブツに好かれて浮ついてるだけだろ」
「かなり珍しいと思うんだけどな。魔法薬の授業じゃまずあんな顔は拝めない」
と、ザビニは笑いながらも、どこか探るような目をしていた。
「それにグローヴァーって、なんか…綺麗になったと思わないか?いや、元から顔は整ってると思ってたんだ」
ザビニが何気ないふうを装って言ったが、その目はどこか計算じみていた。ヒッポグリフの羽に触れながら微笑んでいるミラを遠目に見て、口角をわずかに上げている。ドラコは気だるげに鼻を鳴らした。
「正気か?女とは思えないくらい男勝りなやつだぞ」
「それがいいんじゃないか」
ザビニはにやりと笑った。ドラコはちらりと横目を向けた。だが顔には出さない。
「あいつに下手な気持ちで近付くと----手を出す前に呪われるか殴られるのどっちかだ」
「怖いこと言うなよ」
ザビニは笑ったが、ドラコの声のトーンにわずかに警戒したように目を細めた。
「まあ、気をつけるよ」
ザビニは両手を上げるようにして笑い、あっさりと一歩下がった。
「お前がそこまで言うなら、深入りはやめとくさ。…とりあえずは」
その“とりあえず”の一言に、ドラコは小さく眉をひそめたが、何も言わなかった。ザビニはそれ以上追及せず、ひょいと肩をすくめて別のスリザリン生のグループに戻っていった。ふと、ドラコの視線が再びミラのほうへ向いた。ミラはまだヒッポグリフのそばにいた。黒い生き物の首筋を丁寧に撫でながら、小さく何かを話しているようだった。その表情は柔らかく、穏やかで──普段の冷たさや棘は、そこにはまるでなかった。
先ほどのザビニの”綺麗になった”発言を思い出して、ドラコは一度、ほんのわずかに眉を寄せた。ミラが綺麗かどうかなど、考えたことがなかった。いや、考えないようにしていたのかもしれない。彼女はただ、面倒で、強くて、口が悪くて──そして、なぜか簡単には無視できない存在だった。
「…」
ドラコは首を軽く振って、ミラを視界から外した----が、胸のどこかにざらつくような感覚が、静かに居座り続けていた。