第26章 宵闇と朝焼け
吹き飛ばされる風音を抱きとめてやることは可能だった。
だが風音は今の奇襲を皆に知らせず、突発的に敢行した。
そんな事を無意味にしないということは、実弥はもちろん、この場にいる全員が理解していたからこそ、風音を抱きとめるのではなく、全員が鬼舞辻に向かう道を選んだ。
皆の視界に映ったのは、体に激痛を感じているはずなのに、とても穏やかな表情をした風音の姿。
何かに安堵しているような表情に、風音の記憶のことを知っている者たちの背を嫌な汗が伝う。
「もう時間に余裕ねェ……ってことかよ」
その中でも確信を持って刀を振り続けるのは、やはり実弥だった。
あと一時間戦い続けると言われた矢先の風音の今の行動が、実弥に確信を持たせたのだろう。
斬っても斬っても再生を続ける鬼舞辻。
増え続ける生傷と激痛。
削られ続ける柱や継子、剣士たちの体力。
失われ続ける風音の記憶。
圧倒的に不利な状況に焦りが募る。
しかし焦っても現状が好転する訳ではない。
風音は皆を焦らせるために奇襲を仕掛けたのではない。
「クソがァ!とっととくたばりやがれ、塵屑野郎!」
鞭のようにしなる触手を斬っては掻い潜り、頸を斬り付け再生された後に距離を取った瞬間、実弥の耳に悲痛な泣き叫ぶ声が響いた。
「ああぁぁあーー!嫌だ、痛い!誰か……」
助けてと叫ぼうとしたが、反射的に口を噤んだ。
何故そうしたのか風音自身でも理解出来なかったが、助けてと乞うことが酷く恥ずべき行為だと感じたのだ。
「うぅ……どうすれば。痛い……けど、周りの状況を見ればどうすれば……いいか……」
地面に寝そべっていた体を無理やり起き上がらせ、涙で滲む視界で見た光景は、この世のものとは思えない地獄絵図だった。
数え切れないほどの、歳若い者たちの亡骸。
充満する、吐き気を催すほどの鉄臭い血の匂い。
見たことも嗅いだこともないはずのこの場の惨状なはずだった。
だが、不思議と知っているような気がして、更に視線を前に向けると、醜い化け物とそれに刃を振るい続ける、眩いばかりの者たちの姿。
その中でも灰色の髪をもつ青年の姿を目にした瞬間、体の痛みが引いていく感覚と共に、一部の記憶が戻る。
「今戻ります、実弥君」