第25章 悲色と記憶
いくら先を知っていると言えど、全ての攻撃を避けることは叶わなかった。
触手が空を切る音と実弥たちの自分を呼ぶ声が混じり合う中、鬼舞辻の忌々しげに染まった表情を瞳に映し、奇襲を仕掛ける。
日輪刀が僅かに脇腹に突き刺さっただけだが、それで十分。
風音は弾き飛ばされる前に、日輪刀の刃に自らの腕を滑らせ血を注ぎ込んだ。
「ざまぁみろ……あんたを倒すまで私はあんたのことを忘れない」
「貴様……」
鬼舞辻が風音の毒の血に吐血するのと同じように、風音や柱たち、剣士たちの多くが吐血している。
鬼舞辻曰く、自身の血に人が死に至る毒を溶け込ませているらしい。
しかもタチの悪いことに、皮膚が盛り上がり体の動きを邪魔する上に、全身に痛みを走らせてくる。
風音にとって、苦痛を伴わせるだけの自身の血を流し込むだけなど、到底割りに合わないと思っている。
しかしそれでも一矢報いてやりたかった。
そうして一矢報いてやったのだが、怒りに充ちた鬼舞辻が自分を見逃してくれるはずもなく、報復として放たれた攻撃に体が吹き飛ばされ激痛が走る。
しかし風音は自分の体から飛び散る赤を瞳に映しながらも、苦痛や悲痛な想いは湧いてこない。
(繋げてくれてる。実弥君や柱の皆さん、玄弥さんに継子の皆が鬼舞辻を……足止めしてくれてる。よかった……記憶がなくなる前に繋げられた)
吹き飛ばされ浮いていた体が地面に叩き付けられ、痛みに顔を歪めつつ見た光景は皆が鬼舞辻に技を放つ姿。
決定打を打つことは叶っていないが、日が昇るまでの時間を確実に稼いでいる姿。
その姿に僅かに笑みを零しながら、手首に巻いた紙を反対の手で掴み、風音は頬に一筋の涙を零す。
「実弥君、皆さん。少しだけ待ってて下さい。きっとすぐ戦闘に戻ってみせるから」
静かにゆっくりと瞼を閉じる。
そして次に瞼を開けた時、不思議な色をくすぶらせた瞳は不安げに揺れており、その後すぐに体の痛みから苦痛に歪んだ。
「何これ……どうして……あれ?何も分からない……自分の名前すら……」
風音の中から記憶の大半が零れ落ちた。
不安で怖くて痛くて、どうすればいいのか分からない。
今出来ることは、無意識に先を望み送りながら、泣き叫ぶことだけだった。