第18章 境内と家族
「私はまだ大丈夫だよ。眠くないし体の痛みもないから。でも……少し待ってほしい。せめてこの酷い顔が落ち着くまで……こんな顔、どなたにも見せられない」
酷い顔……それを見るために体を離して見遣ると、泣きすぎて腫れた瞼や赤くなった頬が実弥の目に映る。
実弥とて待ってやりたいが、この状態が落ち着くのは数分後などではなく日を跨ぐと悟り、頭をくしゃりと撫でて苦笑いを零した。
「諦めろォ、少し待って落ち着くもんじゃねェ。ほら、せめて顔拭いてやるからじっとしとけ」
顔の今の状態に諦めた風音は、袂から手拭いを取り出した実弥に言われた通り、じっとして顔を拭いてもらうことを受け入れた。
これ以上泣いては困らせるだけだと大人しくしているのに、胸に痛みを抱いているはずの実弥の穏やかな笑みが風音の涙腺を刺激し、どうしようもなく瞳が潤んでしまう。
「いつの日か……煉獄が言ってた。風音が俺たちの先を見るってことは、本来俺たちが受けるはずだった傷の痛みや凄惨な光景を、優が代わりに負って見るということだ……ってなァ。一番辛ェのは俺じゃなくてお前だ。俺の心配するより先に自分の痛みを癒すこと優先しろ」
拭っても拭っても溢れ出てきていた涙がようやく止まり出した頃、出会った時から変わらず柔らかな頬を撫で微笑むと、風音は首を左右に振って実弥の手に自分の手を重ね合わせた。
「私は皆さんに起こるかもしれない事柄を追体験してるだけ。まだ現実になってない未来……それを見て悲しいことを防げるなら本望だよ。誰も鬼に殺させないし、私も死なない!笑顔の実弥君とたくさん楽しい時間過ごすために生まれてきたんだから!」
長い時間見ていなかったように思える風音の笑顔と持ち直した心に安堵の溜め息をつき、相も変わらず恥ずかしがらずに愛情表現たっぷりの言葉を紡ぐ風音の手を握り締めた。
「泣いちまうくらいのもん見たらすぐ俺に話せ。ったく、いつまで経っても泣き虫のくせに頑固なんだからよォ……とりあえず誰も死なせねェしお前も死なねェんだから、イヌの名前考えとけ。いつまでも名無しじゃ可哀想だろ」
「今日以上の光景はないと思うけど、もし見てしまったらお話しするね。あ!ワンちゃんの名前はもう決めてるの!」
イヌの名前がシナでないことを祈るばかりである。