第13章 夜闇と響鳴
花街からほど近い場所にある藤の花の家紋の家……の前。
天元案内の元無事にここまで到着したのだが、実弥の速度を上回る天元の脚の速さに風音の全てが限界を迎えている。
「嬢ちゃんやるなぁ!ある程度加減してはいたが、正直なところ途中で音を上げると思ってたわ!お疲れさん、俺が準備整えてやるから嬢ちゃんは部屋で座ってるだけでいい!」
「師範も……任務や鍛錬お稽古では厳しいので……慣れています。慣れていますが……やっぱり天元さんは速いですね。今はみっともない姿ですけど……少しすれば動けるので何でも申し付け下さい」
今は本当に限界のようだ。
膝に手を付き肩で息をするだけで精一杯で、なかなか一歩踏み出すことすら出来ない。
そんな風音に天元はニカッと笑い太腿に腕を回して抱え上げた。
「そりゃあ元忍だからな!ここまで頑張って着いてきた嬢ちゃんへの褒美として動けるようになるまで運んでやる!部屋では準備完了するまで座っててくれれば問題ねぇよ!」
何もしなくていいらしい。
準備をすると言っても遊女として店に潜入するわけではないので、そこまで大掛かりな準備というものが風音は見当も付かない。
しかし天元の風音に施す準備は驚くくらいに時間がかかった。
「待たせたな!ほれ、見てみろ。嬢ちゃん可愛らしいから派手に勿体ねぇが、これなら下働きとして潜入できるだろ!」
準備というから着替えたりするものとばかり思っていたが、実際には天元の前に座らされ様々な道具や化粧品のようなものをあれこれ使い、右頬に何かしら施されていただけである。
そして手渡された手鏡を覗き込んで目を疑った。
「右のほっぺたに大きな傷が出来てます!痛くなかったのに……これは一体何でしょうか?」
つついてみても撫でてみても痛みはない。
その代わりと言っては何だが、少し厚みのあるものが張り付いているような感覚がある。
「すげぇだろ!これは特殊な化粧みたいなもんだ!今回は目の下から縦に傷痕作っただけだが、顔全体に施せば顔自体を変えられるんだぜ?ある程度擦っても水に濡れても取れない優れもんだ」
そう静かに言葉を紡ぎ風音の頬に作った傷痕を優しく撫る天元の表情はやけに色っぽく、そんな表情を初めて見た風音は首を傾げた。