第2章 柱
「えっ……いいんですか?技を出せたって言っても十年くらい前だし、出来ない可能性の方が高いかと」
そう言いつつも体はウズウズと動いており、稽古をつけて欲しいのだと見るだけで理解出来るものだ。
言葉と体のちぐはぐな風音に溜め息を零し、実弥は味噌汁の入ったお椀を持ち上げた。
「はなっから出せるなんて思っちゃいねぇよ。おら、稽古すんならしっかり食っとけェ、途中でへばっても手加減しねぇからなァ」
そう言って味噌汁を食す実弥の表情は穏やかで、これから行われる稽古の厳しさを全く映していない。
つまり今の風音は稽古がどれほど厳しいものなのか理解していないので、嬉しそうに頷いて箱膳に用意してくれている朝餉を腹におさめていった。
(……村のヤツらに酷い扱いされてたわりには素直な奴だなァ。親の影響か?)
一人になる事を望んでいたとは言え、目の前の少女は実弥に対して警戒心が皆無と言っていいほどない。
そんな風音は朝餉を食べ終え、残されたおはぎを前に首を傾げて眺めていた。
「おはぎ、食ったことねぇのかァ?」
「うん。おかず?お豆みたいに見えるけど……」
前後左右くまなく眺めてみるも、見ただけではどんな食べ物か分かる訳もなく風音の頭の中は疑問符で埋めつくされる。
「餅米を甘く炊いた小豆で包んでる甘味だ。一口齧ってみろォ。口に合わなけりゃ俺に渡せ、残さず俺が食う」
甘味と言われたら口にしてみたくなるのが女子というものだろう。
その例に漏れない風音は目を輝かせながら実弥からおはぎに視線を移し、黒文字で切って口へと運んでパクリ。
「んんーーっ!甘いー!わぁ、美味しい!」
「ハハッ、気に入ったなら全部食え」
幼子のように甘味の味に喜ぶ風音に実弥は思わず笑いを零し、自分も用意していたおはぎを口に運んで顔を綻ばせた。
それを見た風音は黒文字を箱膳に戻し、実弥の前に歩み寄っておはぎを乗せた皿を差し出す。
「ぁん?何だァ?もう食わねぇのか?これはお前のんだ、俺に……」
「美味しいけど、不死川さんの好物なのかなって思いまして。私には贅沢過ぎてこれ以上食べれない」
おはぎが実弥の好物に違いない。
それでも年下の少女から受け取るなど出来ず何度か押し問答した結果、半分こすることにより朝餉の時間は終わりを迎えた。