第1章 木枯らし
シャンシャン……ーー
空が橙に染まりもう暫くで辺りは夜闇に包まれる。
そんな山の中を周りを数人の男で囲まれた神輿が鈴の音を響かせながら進んでいる。
神輿に取り付けられた薄い布が風に揺れ、運ばれている者の姿が露わになった。
感情を全く映していない翡翠石のような瞳にぬばたまの黒髪。
その髪は綺麗に結い上げられ顔には化粧が施されているが、10代半ばと思われる少女に対する化粧にしては派手さを感じさせる。
誰も一言も発することのないまま辿り着いたのは灯りの点っていない薄気味悪い屋敷の前。
その入口に到着すると神輿が下ろされ、少女が無表情のまま地面へと足を着けた。
「しっかり自分の務めを果たしてこい。先に娶られた女と共にな」
神輿の周りにいた一人の男が少女の背中に語りかけるも、少女は何も答えないまま歩みだし屋敷の玄関へと移動を始めた。
(お嫁さんに行った人はあれから姿さえ見ていないのに生きてるのかな?まだ私は死にたくないし……この人たちがいなくなったら逃げる?でも私が逃げたら村の人が死んじゃうよね)
心の中で自問自答を繰り返すもやはり表情は一切動かず、ただただ足だけが静かに前へ前へと進んでいる。
「相変わらず気味悪い奴だな。眉一つ動かしゃしねぇ。化け物の嫁にって話した時でさえ」
「聞こえたらどうすんだ!もう行くぞ、俺たちの役目は済んだ」
男たちがここを去る音が聞こえているのと同じく、少女の耳にはしっかりと男たちの会話が聞こえていた。
「神様のお嫁さんにって聞いてたけど……化け物のお嫁さんは流石に……逃げられないなら倒せないかな?」
先ほどまでとは打って変わって年頃の女子らしく表情をコロコロ変えて、木々で囲まれた屋敷の周りをキョロキョロと見回す。
「あ!木の棒。よし、これを着物の中に隠して……行きたくないけど行くしか私も村の人も助かる道はないんだよね?」
着物の中に木の棒をどうにか入れ込みながら、震える足を懸命に動かし玄関の前に辿り着く。
勝手に入っていいものかとその前で悩んでいると、生き物の気配が全く感じとれなかったのに玄関の引き戸が勢いよく開いた。
「え……、何?!」
すると今度は突然目に見えない何かに襟元を引っ張られ、戸惑う少女の体は屋敷の中へと引きずり込まれていった。