第1章 【第一講】人が恋に落ちる理由なんて意外と単純
○○は目を向けてギョッとした。
突然「あああァァァ~!!」という間の抜けた悲鳴が聞こえたかと思えば、桂が前転しながら迫って来るではないか。
右に避けるか左に避けるか。いっそ、教室に飛び込むか。いや、やっぱ間に合わなくね? などと思考を働かせながら、○○は立ち往生している。
つーか、左右にブレながら転がってね? 直線に転がれよ! どっちに避けていいか悩むじゃねーか、バカツラ!
などと余計なことを思っている間に、桂は目前に達した。
巻き添えを覚悟した瞬間、腰に手の感触を感じ、体が窓の方へとふわりと移動した。
○○の横、数ミリのところを球体と化した桂は転がり去った。
「あああァァァ~」という悲鳴を「あ~ああ~」とターザンのように変化させながら。
「あ、ありがとう」
○○は男子生徒を見上げながら、礼を述べた。
その顔を見て、思わず「げ!」と漏らしそうになる。
体を引かれたために窮地を脱することが出来たが、誰に助けてもらったのかはその時に気がついた。
見上げた顔は、銀魂高校切っての不良と言われる高杉晋助だった。
真面目な○○とは対照的な存在であるため、今まで関わりを持ったことはない。
高杉は何も言わずに去って行った。
○○はきょとんとした顔でその後ろ姿を見つめた。
「あ~ビックリしたなァ、もう」
高杉と擦れ違いながら、桂は後頭部に手を乗せて近づいて来た。
「よもや、廊下にあのような罠が仕掛けられているとは皆目思――わべし!?」
桂は声を上げた。突如として、強烈で理不尽なパンチを食らったため。
「その長髪、邪魔」とでも言いたげに、○○は桂の顔面にグーをめり込ませた。
開けた視界の先に、角を曲がる高杉の背中が一瞬だけ見えた。
「……見間違い、かな?」
○○は首を捻った。去り際に、高杉が小さく笑ったように見えた。
首を捻る理由はそれだけではない。何やら高ぶる胸の音。
キーンコーンカーンコーンという鈴の音……は、実際に耳に入った音だが、別の音が○○の胸で躍り狂う。
○○はどぎまぎしながら足元に転がる二冊の本を拾い上げた。