第16章 河上万斉《aishi》※つんぽ
「最後の音が、○○の声だとしっくり来ないでござるな……」
つんぽは三味線で様々な音程を試す。
「らー……らー……」
○○は楽譜から目を離し、つんぽに目を向けながら、自らも出しやすい音を探した。
サングラスに隠されたその顔。彼の素顔を、○○は見たことがない。
だが、こうして歌い手の前に姿を現すこと自体が異例だということを知っている。
○○よりも一足先に、つんぽがプロデュースした寺門通は、一度も彼とは会ったことがないという。
「この音で、もう一度歌ってみるでござる」
つんぽは三味線を弾いた。再度、冒頭から歌う。
試行錯誤が繰り返され、ようやく一つの作品が完成されつつあった。
「これでようやく、レコーディングに移行が出来るでござるな」
つんぽは○○の頭に手のひらを置いた。
○○は俯き加減で言葉を漏らす。
「この曲も……売れますよね」
無名の覆面アーティストである○○のデビューシングルがチャートトップを飾ってから、まだほんの数日。
早くもつんぽは、セカンドシングルを引っ下げて、○○の元へとやって来た。
自分の歌声が世間に認められたなど、○○には信じられなかった。だが、つんぽの才能は間違いなく一流。
自信のなさは、彼を信じることで埋められる。
「当たり前でござろう」
売れなくては意味がない――そう○○が思っている理由を、つんぽは知っている。
○○がデビューを承諾した理由は、母のためだった。父親はいない。
片親という苦しい暮らしを、自分の歌で救えるならば……
「拙者のリズムと、○○の歌声が合わさった音楽が、人々の心を捕えぬはずがござらん」
顔を上げると、つんぽは自信に満ちた笑顔を浮かべていた。その表情に○○の鼓動は高鳴る。
いつからか、○○は自分を高みへと導いてくれるこの男に惹かれ始めていた。