第8章 神威《血涙 -chinamida-》※夢主殺されネタ
「それは出来ないよ」
明るかった○○の声が、途端に低く俺の耳に突き刺さった。
「アンタを殺して、おしまいにするんだから」
言うが早いか、手刀が俺の首を狙う。
身を翻しその手を避ける。
俺の首を掠めて宙を切る○○の左手。
勢いを殺さぬまま、続けて右手が俺を襲う。
視線がかち合った。
ガキの頃から憎らしかったその眼には、確かな殺気が籠っていた。
口元には笑みが浮かんでいる。
○○の中には、紛れもなく色濃い血が流れている。
殺しを好む、夜兎の血が。
――どうして、俺を。
一瞬過ぎった疑問を、俺はすぐさま振り払う。
俺達夜兎にそれ程、愚かな問いはない。
家族だろうが、友達だろうが、関係はない。
強者を求めて俺達は戦う。
ただ、俺には一人だけ、殺したくない女がいる。
その女が、俺に殺意を向けている。
殺意を向けられれば、くだらない情などすべて吹き飛んでしまう。
たとえ相手が、この世でたった一人、愛した女でも。
「……!」
驚いたように見開かれた○○の瞳が目の前にある。
遅れて感じたのは、腕を包む生暖かさ。
俺は自分の右手に目を向けた。
その腕は、○○の胸を貫いていた。
腕を引き抜くと、真っ赤な血が溢れ出た。
くずおれるように、○○は両膝をついた。
「アンタなんか、軽く殺せると思ったのに……」
掠れた声が耳に届く。
「まだ生きてるんだ」
俺の腕は確かにその心臓を貫いた。
生命力の強さは夜兎のものというよりも、○○特有のものだろう。
「ガキの頃だったら、俺の方が殺されてたかもしれないけどね」
殺しの才能は俺より上だと、鳳仙の旦那に言わしめた程。
そんな所も目障りだった。
それにしても、今の○○は弱すぎる。
たった一度の攻撃を真正面から食らうような、そんなヤワではないはずだ。
「だったら……もっと早く、殺しとくべきだったかな」
か細い声で、○○は呟いた。
「神威のこと好きになった時に、すぐに」