第8章 神威《血涙 -chinamida-》※夢主殺されネタ
俺達夜兎には『親殺し』という風習があった。
とうの昔に滅んだ風習だ。
ただ、俺達はそんな生温い考えは持ち合わせていない。
親を越えてなんぼ。
俺と○○には、今でもその考えが残っている。
「私には、親はいない、から……だから、一番殺したくない人を、殺そうって……」
○○には家族がいない。
縁者を失くして路頭に迷い、殺しで生計を立てていた所を鳳仙の旦那に見込まれ弟子になった。
殺したくない者――
そんな存在がいる限り、夜兎として一人前になる日は来ない。
だから、○○は決意した。その手で、俺を葬ることを。
○○が弱かったのは、俺を殺したくないと無意識に思っていたから――?
「神威でも、泣くことなんて、あるんだ」
○○の言葉で、俺は自分の涙に気づく。
俺は人を殺す時、笑顔でいるようにしている。
今も俺には面のように笑顔がこびりついている。
ただ、笑いながら泣いていた。
「神威……さよなら」
それきり、○○の息は聞こえなくなった。
開かれたままの瞳と、うっすらと浮かんだ笑顔に変化はない。
目障りで憎らしく、それでもいつからか愛しくなった、生意気な笑顔。
「○○……」
殺意を向けられた俺の中から、○○に対する想いは失われ、憎しみに変わった。
俺の気持ちも知らずに殺意を向けられたことへの憤り。
「こんなことなら、早く伝えておくんだったな」
愛してるって。
それでも○○は、俺を殺そうとしたんだろうけど。
俺の気持ちを知らずに死んで行くなんて、そんな所も憎らしい。
「○○の分まで、俺は生きるから」
俺は俺の思うように生きることが、○○に対する一番の弔いになるはずだ。
俺と○○は似ているから。
「次はどの星に行こうかな」
○○の瞳を閉じる。
触れた頬は、まだとても暖かい。
俺をからかって死んだ振りをして、向かう先でまた○○が笑って待っている。
そんな気がしてしまう。
「じゃあね、○○」
最愛の人を殺してしまった今、殺したくない者はもういない。
次の獲物を求めて旅に出る。
(了)