第4章 坂本辰馬《真紅の薔薇》
「辰馬……?」
立ち止まった坂本は自分の耳を疑った。
背後から聞こえた自身の名。その声は、最期の日に初めて耳にした、○○の声によく似ていた。
「いかん。幻聴が聞こえたぜよ」
振り返ると、そこに女性らしき人影が見えた。
「幻覚まで見えるろー」
幻覚はゆっくりと近づいて来た。
その左手には、一輪の純白の薔薇が握られていた。
右の手はなかった。腕から先が存在していない。
首には包帯が巻かれている。
「幻覚じゃ、ないがか?」
茫然としながらも坂本は言葉を発した。
記憶にある○○にはもちろん両腕があった。
包帯も巻いていなかった。髪の長さも伸びている。
サングラスを外し、その姿を克明に映す。
「やっぱり、辰馬だ」
素顔を見て、○○は小さく微笑んだ。
「やっと見つけた。やっぱり……生きてた」
幕府軍の攻撃に倒れた○○は生死の境を彷徨った。
運良く村の者に助けられたものの、長いこと眠りについていた。
目を覚ました時には戦線は北へと移っていた。
○○は後を追った。利き腕を失い、もはや戦力にはならない。
それでも追いかけたのは、彼の生存を確認したかったから。
戦地に赴いた○○は、見知った顔の亡骸と次々に出くわした。
だが、捜している姿は見つけられなかった。
彼が死ぬわけがない。そう思っても、確かめなければ不安は拭えない。
○○は今でもかつての戦場を回り、坂本の行方の手がかりを捜していた。