第4章 坂本辰馬《真紅の薔薇》
「おんしこそ……生き、ちょったがか?」
亡骸は見つからないとはいえ、あの惨状で生き残っているとは信じられなかった。
初めの頃は信じていた。だが、日が経つにつれ受け入れざるを得なかった。
――○○は死んだ。どこにもいない。
「辰馬、言ってたでしょ。私の故郷に連れて行ってくれって」
攘夷戦争へ旅立った時、二度と故郷には帰れないだろうと思い、その地を後にした。
だが、坂本とならば、生きて帰れるかもしれないと、生きて帰りたいと思った。
死を覚悟して戦いに臨んでいたままなら、あの場で死んでいたかもしれない。
彼を故郷に連れて行きたいという気持ちが、○○を死の淵から蘇らせた。
○○は薔薇を掴む手に力を込めた。
「何をしちゅう!」
手のひらが血にまみれる。○○はその手で純白の花弁を染めた。
所々が紅色の、斑模様の紅い薔薇。
「真紅の薔薇――。辰馬以外の人には、私はそう呼ばれていた」
○○は呟いた。
「辰馬。紅薔薇の花言葉、知ってる?」
坂本は首を振った。
――貴方に死ぬ程、恋い焦がれています。
○○は紅薔薇を坂本に差し出した。
「逢いたかった」
差し出された左の手。
坂本は手を伸ばすと、薔薇の花ではなく、○○の腕を掴んだ。
腕を引き、○○の体を自身の腕の中へと包み込む。
「何じゃー。いきなり吹雪いて来よったき、前が見えんぞ」
声が震える。
溢れる涙は、あの日の吹雪のように視界を遮る。
「二度と○○を見失ったりせん」
その腕に誓いを込めて、純白の体を強く抱き締めた。
(了)