第4章 坂本辰馬《真紅の薔薇》
「とぎごと消し飛ばすつもりか」
雪山にはまだ多くの幕府軍が残っている。
戦艦を操るのは天人だろう。彼等には攘夷浪士も幕府軍も関係がない。
敵を殲滅するためならば味方の幕府軍をも犠牲にする。
いち早く、安全な場所へと避難しなければ命が危ない。
天人に裏切られたと知った幕府の軍勢も攻撃を止めて退避し始めた。
「○○!」
吹雪の中の乱戦で、坂本は○○の姿を見失っていた。
投下される爆弾を避けながら駆け回り、坂本は○○を見つけた。
彼女は雪上で仰向けに横たわっていた。周囲の雪は鮮血で真っ赤に染まっている。
「○○!」
近づこうにも爆撃により行く手が阻まれる。
砲撃は地盤を崩し、○○と坂本の間には断崖のような溝すらも生じている。
仲間に連行される形で、坂本はその場を去ることを余儀なくされた。
――真紅の薔薇が死んだ。
○○が戦場から消え、浪士達は囁いた。
戦場にただ一人の女。触れれば棘の刺さるような冷たい眼差し。
浪士達は○○をそのようなあだ名で呼んでいた。
*
「おんしに似合うのは、紅より白じゃき」
雪を掬い上げ、供えた薔薇の上へと降りかける。
○○は真紅の薔薇ではなく、純白の薔薇。坂本だけはそう言っていた。
薔薇のような高貴さと、真っ白な清純さを併せ持った女。
「また来るき」
立ち上がり、雪山を下りる。
一歩一歩踏み締めるその雪の下には、仲間の亡骸が未だに埋まっているだろう。
幕府軍が去った後、坂本はすぐにこの場所へと戻った。
そこに○○の姿は見つけられなかった。
純白の雪に解けてしまったかのように、忽然と消えていた。