第4章 坂本辰馬《真紅の薔薇》
「おんしゃー、ひょっとして唖かや?」
坂本は隣の女の顔を覗き込みながら声をかけた。
その日は大雪に見舞われ、坂本らは洞穴に退避していた。
天人の圧倒的武力を前に戦況は悪化の一途をたどっていた。
徐々に後退し、対幕府軍は片田舎の奥深い山へと追いやられている。
「……違う」
初めて女は口を聞いた。
坂本は安堵した表情で息を吐いた。
「何じゃー、喋れるやか。ちっくと心配したぜよ」
知り合って何日も経っているのに、女は一言も口を開かない。
もしかしたら、口が聞けないのかもしれない。
ならば、無神経にベラベラと喋って傷つけていたのではないかと、坂本は不安になっていた。
「おんし、名は何ちゅう?」
ためらいつつも口を開く。
「……□□、○○」
ようやく知ることの出来た名前。
坂本は笑顔を浮かべた。
「○○か。おんし程、無口な女に出逢ったがは初めてじゃ」
それはお互い様だと○○は思う。
坂本程よく喋る男には初めて出逢った。
「おんし、まだ諦めておらんじゃろう?」
○○は頷いた。
各地で蜂起している浪士の中には、刀を捨てて投降し始めている者もいるという。
だが、少なくともこの雪山にいる者は誰一人として諦めてはいない。
戦況を立て直し、再び勝鬨を上げるための機会をうかがっている。
一人になっても、○○は投降するつもりはない。
負けを受け入れるくらいならば死を選ぶ。