第4章 坂本辰馬《真紅の薔薇》
「今年もこじゃんと積もっちゅう」
深雪に埋もれた土を踏み締めながら、坂本は周囲を見回す。
まだ十一月の半ばだというのに、辺り一帯の山々は雪に覆われている。
あの日も、大地はすっかり雪に覆われていた。
「○○」
一輪の花を取り出して雪上へと添えた。
何者にも穢されていない新雪にも紛れそうな程に真っ白い、純白の薔薇。
この花を届けるのは何度目だろう。
「会いに来たぜよ」
攘夷戦争に参加して間もなく、坂本はある女性と出逢った。
この場所で別れることになる、□□○○という名の女性。
目を閉じ、両手のひらを合わせる。昔の情景が瞼に浮かぶ。
今日と同じように雪に覆われた大地。雪上に飛び散る、真っ赤な鮮血。
「○○」
空を見上げた。
あの日とは打って変わった晴天。
強風に煽られた雲が北へと素早く流れ去る。
それはまるで時の速さを示すよう。あれから随分と月日が経った。
「おんしゃ、どこにおるがか」
その亡骸は、どれだけ捜しても見つけることは出来なかった。
《真紅の薔薇》
「おんし、女かや?」
攘夷戦争に参加して間もない頃のこと。
坂本は屈強な男達の中に、一人だけ女のような細い体をした男を見つけた。
よく見ればそれは男ではなく、正真正銘の女だった。
「まっこと驚いたぜよ。確かに地球の一大事じゃ。男も女も関係なか。じゃが女はなかなかおらんき、実に感心じゃ!」
女は坂本を睨んでいるが、気にしていないのか気づいていないのか、大口を開けて笑っている。
「わしは坂本辰馬っちゅーもんじゃ。おんし、名は何ちゅう?」
女は答えずに立ち上がった。坂本を背にして歩き出す。
「どこに行くがか?」
坂本は大声でその背中に言葉をかける。
「あ、厠か? 厠なら向こうぜよ!」
デリカシーの欠片もない言葉を背に受けながら、女は木々の先へと姿を消した。