第29章 高杉晋助《神立》
雨が降り出す前に下山しようと登山道に足を踏み入れた時、それは轟いた。
油断していた。遠くで鳴る音すらしていなかったから、雷が鳴るまではまだ間があると思っていた。
驚いた拍子にスマホが私の手から逃げ出した。
やってしまった。落ちた先は道の下。
枝が張り出ているから、捕まって降りられそうではある。
でも、地面は湿って滑りやすくなっているかもしれない。
無事に降りられる保証はないし、登れる保証はもっとない。
枝に手をかけ、強度を確かめる。折れはしなさそうだ。
「やめておけ」
背後からの声に、私は肩を震わせた。振り返ると男性が立っていた。
人っ子一人いないと思っていたからとんでもなく驚いたけれど、それでも意識は道の下。
「でも」
もうじき雨が降り出す。
長時間の豪雨に打たれては、データが無事という保証はない。
データの消失は、友人関係の消失をも意味する。
あたふたしているうちに、瞬く間に雨が落ちてきた。
狼狽えながら安全に下りられる箇所はないかと見回したが、もちろんそんな場所はない。
「えっ」
枝がしなる音が聞こえ、目を向ければ男性が道の下に降りていた。
スマホを手にすると、いとも容易く戻って来た。
彼の足元は草履だった。ただでさえ滑りやすい土の上、あの履物で容易く動ける身のこなしに驚嘆する。