第29章 高杉晋助《神立》
町中にはいろいろな張り紙がされている。
猫探し、入居者募集、消費者金融。そして、指名手配――
指名手配の張り紙なんて、ちゃんと見たことがなかった。
凶悪犯罪者が身近に潜んでいるなんてあり得ない。私とは無縁の話。そう思っていた。
《神立》
「こっちは降って来たよ。○○の方は?」
「まだだけど、そろそろ降るかも」
空を見上げる。夏の夜空を覆う、黒くて分厚い雲。
今にも雷鳴が轟きそうな空から目を離し、再び画面越しに友人と視線を合わせる。
「でもまだ中止のアナウンスはないよ。ギリギリまで考えてくれるのかも」
今宵は花火大会に友人を誘っていたけれど、生憎の曇天。
早めに取りやめ、彼女は自室から電話をかけている。
私は山の麓に住んでいるからいいけれど、電車に乗ってまで来てもらうわけにはいかない。
「この埋め合わせは必ず!」
「いいよ、埋め合わせなんて。でも、近いうちに会おうねー」
「もちろん。じゃあね、○○」
「ハイハーイ、またね、じゃ」
通話を切った。周囲に人は見当たらない。
花火観覧の穴場スポットとして、例年はチラホラと人がいるけれど、今日は貸し切り状態。
誰も彼もが花火大会は中止になるとわかっているのだろう。
イヤホンも使わず音量を大きくしていても、聞く者はいない。
中止となることはほぼ決まっているけれど、僅かな期待を込めて私は足を踏み入れた。
麓よりも上の方が幾分涼しいということもある。
冷房を効かせた部屋にいるのは快適だけれど、自然の風に当たるのも心地がいい。
一陣の風が頬を撫でたその時に、やっぱり、そのアナウンスは流れた。
『本日の花火大会は中止となります』
私が今年花火を見られるのは今日一日だけだった。
残念だけれど、仕方がない。