第26章 神威《ためらいの殺意》
○○の視線を神威は笑顔で受け止める。
「鳳仙の旦那に謝らないといけないな」
――魂を潤すは女
腑抜けたことを言う年寄りに、我が師ながら落ちたものだと興ざめした。
酒も女も夜兎には必要がない。求めるのは戦場、血だけ。
あの時は、まだ出逢っていないだけだった。
魂に艶を与えてくれる、宇宙でたった一人の女に。
愛した女から向けられる殺意は、魂を潤してくれる。
秋の夜風が二人の間を通り過ぎる。
○○は肌寒さに顔をしかめた。
「俺を殺すチャンスをあげるよ」
○○を引き寄せ、神威は自身の腕中に収めた。
神威の体温が○○へと伝わる。
「これなら俺の心臓、一突きに出来るだろ」
神威はケラケラと笑っている。
「そんな口車に乗るわけないじゃない」
心臓を狙ったが最後、数秒後には○○の鼓動は止められている可能性が高い。
「残念。この距離から攻撃されても、かわせる自信があるのにな」
「この距離で反撃されたら、確実に殺される自信があるよ」
「言っただろ。虫の居所が悪い時は、って。今は殺したりしないよ」
再び口に出してみて、神威はふと気づく。
傍に○○がいる時に、虫の居所が悪いことなどあるだろうか。
いつも心地がよかったはずだ。
腕中にいる○○から、いつの間にか殺気が消えていた。
神威は○○の耳元で声を落とした。
俺に、○○は殺せないや。
(了)