第26章 神威《ためらいの殺意》
夜が更け、○○は明かりを消した。
外から射す光があることには、その時に気がついた。
ガラス越しに空を見上げると、くっきりとした月が輝いていた。
そうか、今日は十六夜かと思い至る。
十五夜の空は雲に覆われていたため、明るさを感じることはなかった。
そのため、昨日が中秋の名月だと気づかずに過ぎていた。
○○は屈強な男達の中で過ごしている。
血にまみれ、人の命を奪うばかりの日々。
男達との会話の中に、花鳥風月にまつわる話など出て来ない。
彼等の中に、美しい月にも目を留める男はまずいないだろう。
昨日が中秋の名月だと忘れていた自分も、同類だけれど。
そう思いながら空から目を下ろした時、甲板に見慣れた背中を見つけた。
三つ編みを垂らした後ろ姿は、他の誰とも見紛うはずはない。
風光明媚とは程遠いと思われるその男。
○○は上着を羽織って表に足を向けた。
九月の終わりを迎えた夜は、思った以上に肌寒い。
太陽の光を反射して輝く十六夜月は、明るい髪色を闇に浮かび上がらせている。
○○は気配と殺意を殺しながら、その背中に近づいた。
「身を潤すは酒、ね」
その声で○○は歩を止めた。
そこには、彼以外に誰の姿もない。
「俺ら夜兎族は太陽じゃない。月を見上げればいいだけの話なのにね」
独り言をつぶやくような男ではない。
そうなると、話しかけている相手は一人しかいない。
「○○もそう思わない?」
神威は振り向いた。