第26章 神威《ためらいの殺意》
海面が橙に染められている。
船縁に両腕を乗せ、神威は夜空を仰ぎ見た。
注ぐ光は、夜兎の天敵である太陽にも引けを取らない。
十六夜月。
日中は茹だるような暑さが収まらないが、日が落ちると夏の終わりを感じさせた。
静かに流れる風は、ほのかに冷えてさえいる。
風で波打つ水面は、映し出した不完全な円を揺らす。
その波紋の中に、反旗を翻した男の顔が思い浮かんだ。
――身を潤すは酒
晩年に彼が口にした言葉を思い出す。
――魂を潤すは……
同時に、背後から近づく人物に気がついた。
これはまた、ちょうどいいタイミングで現れたものだ。
「身を潤すは酒、ね」
太陽に憧れ、太陽に焦がれ、太陽に焼かれ死んでいった師匠。
「俺ら夜兎族は太陽じゃない。月を見上げればいいだけの話なのにね」
太陽を憎むあまり、地下深くに鉄の楼を築いた師。
女達を地下の牢に繋いでいたつもりで、その実、自らが繋がれていることに気づいていなかった師。
太陽を愛したゆえ、何もかもを敵に回した憐れな男。
「○○もそう思わない?」
神威は振り返った。