●○青イ鳥ノツヅリ箱○●【イケシリ短編集】(R18)
第6章 麒麟がくる‗二話より〈イケ戦/光秀/帰蝶BL〉
「…帰蝶」
「その名は嫌いだ」
吐き捨てるような、帰蝶の声。
「知っているか、光秀。家臣どもの中には、俺を『濃姫』などと揶揄する者もいる。胡蝶などと呼ぶ者もいる」
光秀の、口が閉じる。
知っている。
戦の絶えぬ乱世。
戦場に、女は連れ込めない。
小姓がどんな役目を与えられるかは、心得ていた。
だがしかし。
帰蝶の台詞は少し違う。
家臣らの眼は、帰蝶を揶揄してはいない。
むしろ、憧憬としてだろう。
帰蝶は、母の小見の方に生き写しなのだ。
少年のあどけなさを残しながらも、その滑らかな頬、涼し気な瞳に心奪われるものは後を絶たない。
それを、どう伝えたものか。
「なぜ、父上は俺に諱を下さらない…」
憎々し気に、帰蝶が呟く。
その手は、膝の上で震えるほどに握りしめられていた。
「お前は、お前だ…諱など、個人を識別するものにすぎん」
嘯く。
諱は同盟の証ともなるものだ。
「…良い名だと思うぞ?」
睨む萌黄の瞳を、光秀は愛し気に見た。
「帰蝶…お前は、俺が帰るべき”蝶”だ。どこへ行こうと、必ずお前の元に帰ってこよう」
「…信用なるか。お前は嘘つきだ」
「おや、心外だ」
やはり、楽し気に光秀が笑う。
「ならば、誓いの口付けでもするか?」
軽口のつもりだった。
その一言に、帰蝶の様子が一変した。
その眼に、色を成す。
「口吸いに、なんの誓いがある…っ!」
「帰蝶…?」
帰蝶の肩が、震えていた。
刺し伸ばした光秀の手を、帰蝶が払う。
「俺は…母上の代わりじゃない!!」
そう言い捨て、立ち上がる。
黒髪の隙間から覗く萌黄に、光秀の手が止まる。
声をかける間もなく、帰蝶の姿は廊下の奥へと消えた。
―――母上には、長らえていただかなくては…
帰蝶の言葉。
怯えた声音。
「代わり…とは…よもやっ」
杞憂と、切り捨てるのは容易かった。
だが、それは長く、光秀の中に留まった。
共に、未だ青い秋の夜…
<fin>