●○青イ鳥ノツヅリ箱○●【イケシリ短編集】(R18)
第6章 麒麟がくる‗二話より〈イケ戦/光秀/帰蝶BL〉
「…っ光秀!」
日の沈み切った冷えた廊下に、声変わり前のあどけなさを残す声が響き渡る。
その声の向かう先。
月明かりの差し込む縁側に、白い影が寛いでいた。
帰蝶の声に、その影がゆらりと振り返る。
「これはこれは、帰蝶様」
帰蝶の視線が冷たく細まることも承知の上で、この男はいつもそう呼んでは楽し気に笑う。
「…旅へ出ていたと聞いた」
「はい。少々、堺の方へ」
何が可笑しいのか。
小さな笑いを含ませながらゆるりと応え、今しがた座っていた場所から横にずれ、帰蝶を誘った。
「俺は、何も聞いていなかった」
己の声にへそ曲がりの音色を感じながらも、帰蝶はしぶしぶ、光秀の誘う場所へ腰かけた。
光秀の残した体温を、その手に感じた。
「上様にはお許しをいただいておりましたが…寂しい思いをさせましたかな?」
帰蝶の頬を、光秀の指が揶揄うように擽った。
ぱしり、とその手を払う。
「毎度毎度わざとらしい…敬語はやめろ、様もいらん」
「寂しがらせたことは否定しないのか」
ぐっと言葉につまる帰蝶の横顔を、なお一層面白そうに光秀が眺めた。
「…俺との手合わせを、すっぽかしたぞ」
「そうだな、悪かった。近いうちに埋め合わせしよう」
光秀の手が、今度は帰蝶の髪をさらりと撫でる。
今度はその手を払うことなく、僅かに頬を上気させて甘んじた。
「…母上の、医師を連れてきてくれたのだな」
帰蝶の声の、調子が変わる。
「礼を、言う」
萌黄色の眼が、光秀を見た。
感謝の言葉を口にしながら、その眼の色の感情はどこか歪に光秀の目に映る。
「母上には、長らえていただかなくては…」
「堺でも名医と噂の御仁だ。じきに床上げも叶うだろう」
「そう願う」
そう呟く帰蝶の声音は、どこか、怯えを含んでいた。