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【東リべ/中・短編集】愛に口付けを

第16章 今の、ファーストキス?《場地圭介》





夏真っ盛り。
汗が止まらない暑さの中、少しでも風を送ろうと回っている佐野家の扇風機。

暑い、と告げる彼らに風を送る仕事をしているだけ。悪気などない。
たとえその風が、首筋や頬に髪を張りつけて誰かの色気を増加させてしまう仕事だとしても、まったく、微塵も罪はないのだ。



でもそんな罪のない扇風機を恨んだのが、(やべぇ…)と胸の内で呟いた場地である。



夏場は髪を結っていることが多い場地は、もちろん今日も髪をひとつに束ねていた。
それでも自分の長い髪が肌に張りついて、気持ち悪い。手櫛で髪を束ねて背中に流しても、扇風機の風が髪をさらうせいで元に戻ってきてしまう。
繰り返さなければならないその行為に、場地が舌打ちしそうな勢いで髪を寄せたとき。

ふと、蛍の横顔に目が惹かれた。

エマと同じ髪型で、場地のように背中に髪を流している蛍も、1本、1束の髪が頬や首筋に張りついている。
たらりと毛先から汗が流れ落ちて、服の襟の中に姿を消す。
擽ったいだろうそれを気にすることなく、蛍は宿題から目をそらさず集中している。



茹だるような暑さ。

場地の思考は、止まっていた。



日焼けを知らないような白い肌をもつ蛍の、女らしく少し丸みを帯びた端正な横顔。
わずかに伏せられた瞼の奥にひそむ、大きな瞳。
暑さのせいで呼吸がしづらいのか、薄く開いている桃色の小さな唇。
こく、と時おり上下する、男の自分より目立たない小さな喉仏。

汗をかいているはずなのに、自分と違っていい匂いがしてきそうな、そんな蛍から目を逸らせない。

(…やべぇ)

想ってやまない蛍の姿に、場地は汗を握りしめた。



好きだ、と言えたなら、どれだけ幸福だろう。

きっかけや時期なんて覚えていない、気がついたら芽生えていた、幼なじみへの恋心。
毎日でも会いたくて、24時間そばにいたいくらい好きだからこそ、マイキーからの誘いに二つ返事で応えた。

でも、ろくに会話できていない。
せっかく会えたのに。


蛍。
名前を呼びたい。
急に呼んだら怒るか?

好きだ。
蛍が好きだ。
誰にも渡したくねぇ、オレのそばにいて欲しい、オレだけを見て欲しい。

なァ。
そろそろ、こっち向けよ。



手を、伸ばした。



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