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【東リべ/中・短編集】愛に口付けを

第11章 梵天の華Ⅲ




一ヶ月前より健康的にふくよかになった腕と首筋をさらけ出し、切りそろえられて清潔になった髪を揺らしている。
何故か少し乱れたその髪が揺れているのは、女が小刻みに体を揺らしているからで。

「…なんか聞こえね?」とオレを見ずに言う兄貴に、オレは無言で頷く。
抱えた膝に顔を埋めているせいでくぐもった女の声が、微かに聞こえてくる。
何を言っているかはよく聞き取れないけど、ブツブツと特に強弱もないその声は、ホラー体験でもしているかのように不気味に感じた。



「…蛍ちゃーん」
「ちょ、兄貴ッ」
「どしたぁ?具合でもわりぃの?」



焦るオレとは違い、兄貴は冷静に部屋の中へと足を踏み入れた。
散らばっている服を珍しく踏まないように避けながら、たどり着いたベッドの横にしゃがみこむ兄貴の姿に、一ヶ月前を思い出す。

思わず漏れた舌打ちを響かせながら、オレも服を踏まないように避けて向かい、兄貴の隣で立ち止まった。

近づけば鮮明に聞こえてくる、女の声。



「むし、虫、ゃ…む、虫…ッ」



手足の指先までカタカタと震えながら、小刻みに揺れたままの女。
部屋着として着ているらしいシンプルなワンピースは、女の手に握りしめられすぎてしわくちゃになり、少し伸びている。

思わず兄貴と顔を見合わせてしまった。



「…え、え?何これ、やばくね?」
「…ココ呼ぶ?」
「アイツ今どこいんの」
「知らね、どっかの事務所じゃね?」
「…兄ちゃん頼んだ」
「ん」



この女を嫌っていることを忘れ、とりあえず落ち着かせよう、と肩に触れる。
直後、呟いていた声が止まり、勢いよく顔を上げた女に思わずびびって喉からヒクッと変な音が出た。

一ヶ月前とは大違いで肌ツヤは良くなり、血色もかなり良くなって顔の良さに磨きが…ってそうじゃない。



「あ〜ココ?あのさぁ今三途の家にいるんだけど、蛍チャンやべぇことなってる」



泣いて擦ったのか、真っ赤になった目でオレを凝視する女。
反応が怖くて生唾を飲み込んで目をそらせないでいると…突然、女の顔がくしゃっと歪んで大粒の涙が頬を伝った。



「え、」
「なんか虫虫言っててさぁ、うずくまって…ア?」



何となく、女の肩から手を離す。
でも女はオレの手を掴み、腰をあげて…

オレの胸に、勢いよく飛び込んできた。


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