第10章 黒龍の泣き虫くん②《佐野真一郎》
年が明けて数日後、あたしは総長を降りてカタギになった。
仲間たちに猛反対されたものの、同時に抜ける副総長の「総長自らの意思だ!文句ある奴は蛍を倒してから言えッ!!」という一喝で渋々おさまった。
皆が許すなら友人として倉庫に遊びに来たい、と静かに言ったら、泣いて喜ばれて……カタギに戻ったとしても、気持ちはここから離れられないみたいだ。
いくら不良と言えど、仲間は仲間。
みんなが大好きだから。
そして、カタギになったからには…アルバイトではなく、就職して普通の大人にならなければならない。
職業安定所に行っていろいろ探してみたけど…パッとやりたい職業が見つからず、祖父母に相談した。
そしたら、祖母の友人夫婦が個人で経営している、弁当屋さんが家の近くにあるらしく。
祖母に話を通してもらって、まずは1ヶ月お試しで…と、アルバイトという形から始めてみることになって。
料理なんて、生きてきて目玉焼きくらいしか作ったことないし、接客だって元ヤンのあたしに出来るかどうかわからない。
できるだけ続けられるといいな、と思って…いたら。
弁当の盛り付けが、おかず作りが、接客が。
全てにおいて順調にうまくいき、仕事が楽しすぎて。
気づけば、お試しの1ヶ月があっという間に過ぎてしまっていた。
お店の夫婦も「蛍ちゃんみたいな、明るくて仕事を楽しんでくれる人は大歓迎だよ」と言ってくれて。
ちゃん付け恥ずかしいな…と心の隅で思いながらも、その店で正社員として働くことになり、常連さんたちにはあたしの顔が知れ渡った。
たまに、真が弁当を買いに来てくれて。
弟や妹を連れてくる時もあれば、黒龍の幹部やメンバーを連れてくる時もあった。
明るかった髪色を暗い色に染めた。
絶やすことなく常に塗っていたネイルもやめた。
社会に溶け込むために、自然と服装もシンプルになった。
いくつも空いていたピアスの穴も、両耳に一つずつだけを残して閉じようと思っている。
苦手だと思っていた男…真とも、上手くやれている。…はず。
すべてが、今までの真逆。
最初は慣れるかどうか不安だったそれが、今では当たり前で。
でもそれが今のあたしの幸せになっていて。
「あのさぁ蛍。オレ、黒龍抜けようと思ってんだ」
2年経ったある日、真があたしにそう言った。