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【東リべ/中・短編集】愛に口付けを

第2章 その面ぶっ潰してやる《佐野万次郎》





《わ、…別れよう、万次郎》



電話越しに、何故か涙ぐんだ声でそう言ったオレの彼女。
集会や休日にしか会えないほど接点がないけど、倦怠期なんてものもない状態で一年前から付き合っている蕪谷蛍。

昨日…いや、今日の昼まではいつも通りの態度で、普通に電話もメールのやり取りもしたし、変わった様子はなかったのに。

急すぎて、頭がついていかない。



「……理由は」
《ッ…す、きな人、できた、から…》
「誰」
《ぁ、いや、万次郎の知らない、人…》
「今どこ」
《や、あの、》
「どこって聞いてんだよ」
《!…ご、ごめん、本当にごめんなさい、もう、会わない、会い、…たくないの、連絡もしてこないでッ》



ブツン、と一方的に切られた通話に怒りが頂点に達し、思わず携帯を真っ二つに割りそうになった。

オレの、蛍に対するいつもの声とは真逆の低い声と、ミシッと携帯が嫌な音をたてたことで、集会を終えたばかりで陽気にざわめいていたその場が、一瞬にして凍りついた。



「…ど、した、マイキー」
「な、何かあったのか?」



滅多に動揺することのないケンチンと、心配性の三ツ谷が駆け寄ってくる。
でもそれどころじゃなくて。

愛して、甘やかして、できる限り一緒にいて、大きな喧嘩も浮気もなくて、別れ話のかけらすら話題に出たことなんてなかったのに。

好きな人ができた?
オレの知らないやつ?
もう会わない?会いたくねぇ?

…連絡も、すんな、って?



「……チッ、ぁあ゙あ゙〜ッ!ムッカつく!!」
「お、おい、マ…」
「何っでだよ!意味わかんねー!バーカ!蛍のバァカ!もう知らねー、帰るッ!!!」



あまりにもムシャクシャして、武蔵神社の長い階段の手すりを靴底で思い切り蹴った。
痛みなんてわかんないし、神社の物を蹴るだなんて罰当たりなことだとわかっていても、正常な判断をできる状態じゃなかったから。

今はとにかく、深く考えるより早く帰って頭を冷やそう。
早めに寝て、起きたらいろいろ考え直せばいい。
そんで、蛍と話をしねーと。


ケンチンの呼びかけにすら応えず、オレは無言で誰とも目を合わせず愛機のバブに跨り、いつもより飛ばして家に帰った。


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