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【東リべ/中・短編集】愛に口付けを

第7章 あげるから、もらって《松野千冬》●




脱衣所の床に散らばる、蛍が脱いだあとの浴衣や帯。
視界の端にそれをとらえながら、聞こえないようにつばを飲み込む。



「っ、蛍、ちょっとこれは、」
「だ、だめ、やだ、離れないで…っ」



オレの胸と腹に腕をまわし、しがみつくように抱きついて離してくれない。
ドクドクとうるさい心臓の音が聞こえてしまいそうだ。

…ここで?
蛍はここで…その、シてぇの?
いや待て、浴衣が脱ぎ散らかってるってことは、つまり、まだ風呂に入ってないわけで……え、まさか一緒に入ろう、ってか?

下半身に熱が集まりはじめ、さすがにマズいと思って「蛍、」と振り返った…瞬間。



「ヒッ、いやあああ!!」



ブーン、と黒い何かが天井に向かって飛んだ。
あ、と思わず開いた口をそのままに、ソレを見上げる。
天井近くの壁に留まったソイツは、怯える蛍とアホ面のオレがどう動くか…様子を伺っていた。

紛うことなき、Gである。



「…えー」
「や、ど、どうにかして、むり、アレだけは…っ」



洗面台の中にいたのぉぉ!と目に涙を滲ませながら、未だにオレの背中にしがみついている蛍。

勘違いしていた自分が恥ずかしい。

が、今はそれどころじゃない。
蛍を怖がらせるアイツを滅しなければ…



「あー……スリッパとか、」
「とっ取りに行ってる間に逃げたらどうするのっ」
「…いや素手は絶対むりだけど」



なんか犠牲にしていいものねぇの?と、体を回転させて蛍の頭をゆっくり撫でてやれば、少し落ち着いたらしく。
こちらの様子を伺ったままのアイツにちらちらと視線を送りながら、蛍は使い古した雑巾を慎重に手にとり、オレに手渡した。



「こっここコレに包んで捨てていいからッ」
「いやめっちゃビビってんじゃん」
「他の虫は大丈夫なんだけどアレだけは、どうしても…!」



千冬お願いっ…と言われてしまえば、頼られている…と幸福感につつまれる。
まぁ別にオレは虫が苦手なわけじゃないし、駆除は簡単だ。



「…蛍、とりあえず離れてくんね…?」
「ぇ、な、何で、」
「いや、くっついたままじゃ何もできねぇし…」



下着姿でしがみつかれるというのは、人生初の体験である。




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