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3月9日  【A3】

第26章 紫桜


 「ふーん…」
 「至さん、仕事は?」
 「今日は有給つかった。東さんに潰されるだろうなって、思ってたから」
 「予感的中」
 「そーゆーこと」

 飲み干したコップを片手に立ち上がる。

 「万里は今日早いの?」
 「いや。トイレに起きたら至さんがこんな寒いのにベンチに居たんで」
 「わざわざ作ってくれてどうもね」
 「ん、まぁ。簡単にレンチンすけど」
 「お陰で寝れそう。ログボ回収してから、寝るわ」
 「コップ貰いますよ。俺はぐっすり寝たんで」
 「さすが万里。俺万里に寝返ろうかな」
 「冗談でもやめてくださいよ、至さんめんどくさいし。綴にでもしとけば?」
 「なら咲也かな」
 「笑えねぇ」
 「冗談だよ。監督さんにしとくかー」
 「真澄に恨まれんぞ」
 「その前に左京さんだったりして」
 「それこそ笑えねぇ」
 「だな」
 「…ま、でも思ってたより元気そうでよかったっすわ。
 じゃあ、おやすみなさい。至さん」
 「うん、おやすみ」

 覚束ない足取りで自室へと戻る。

 静まり返った自分の部屋。

 散らかった物は片付けずに、お気に入りのソファーへと寝転がる。

 自分の部屋だというのに、悔しいことにここにすら思い出だらけだ。
 消化したなんてわざとらしいな。

 アルコールで頭が痛いのか、それとも胸が痛いのか、もうよくわからない。
 涙は枯れたのか、もう出ないことだけがたしかだった。

 ログボを回収しようと思ったのに、暗がりに慣れた眼では明るすぎる画面設定が、余計に刺さって痛い。

 「はぁー…」

 いつもなら気にならないダウンロードまでの時間が、長く感じて結局ログボを回収せず画面を閉じる。

 どうせ、起きたら同じようにゲームをして芝居をして、明日は仕事で、そうやって繰り返して終わってくのだ。

 胃もたれしそうになるくらい、残った感情に蓋をするように目を閉じた。

 万里に貰ったホットミルクの効力か、それとも東さんのアルコールの余力か、まぁどっちでもいいか。

 欠伸一つして意識が遠のくのを、感じる。

 ハッピーエンドというにはあまりに遠すぎる俺の恋の終わりに、また新しい季節が来ようとしていた。











        第一部 完結
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