第26章 紫桜
「じゃあ、行ってらっしゃい2人とも」
「「行ってきます」」
お婆ちゃんからもらった行ってらっしゃいの言葉が、じーんと胸に深く刺さる。
珍しくエスコートしてくれた千景さん、きっとお婆ちゃんの手前だからだろう。
「シートベルト閉めてね」
「わかってます」
「閉めてあげようか?」
「これくらいできます」
「そう?」
少しだけ楽しそうにわらって、自分も運転席へと乗り込む。
エンジンがかかって、窓が開いた。
お婆ちゃんはにっこりと笑って、寒いからもういいと思うのに、最後まで見送ってくれた。
「愛されてるね」
「ありがたいです」
「そう…。ところでその花束、誰からだったの?」
正面だけを見て、さほど興味なさそうに言ってくる。
「んー、友達です」
「男?」
「…まぁ」
「へぇ」
「なんですか、その含みのある感じ」
「浮気者」
思わず拍子抜ける。
そんなこと言うタイプだったの?!なんて、言えるはずもないが。
「ヤキモチ妬いてたりします?」
「そうだって言ったら?」
「なんか、ちょっと…ソワっとします」
「ふっ、…まぁ、嘘だけど。それに告白でもなさそうだし」
「どう言うことです?」
「薔薇の花、15本はごめんねって意味」
「…なるほど、そのまんまの意味でしたか」
素直じゃない晴翔らしい。
「前言撤回」
「え?」
「やっぱり少しは嫉妬してるかもな」
「今のやりとりに嫉妬する部分ありました?」
「嘘だけど」
「なんだ」
「俺なら、4本あげるよ」
「なにを?」
「そうだな、紅色とかどう?」
「薔薇の話か」
「芽李は何本くれる?俺に」
「薔薇じゃないとだめですか?」
「んー、まぁ聞こうか」
「白い薔薇でもいいかなって思ったんですけど、千景さんのイメージじゃなくて、うーん。
鈴蘭とかどうです?千景さんっぽい」
色付きのレンズの下、まんざらでもなさそうに目が細められたのを私は見逃さなかった。
「まぁまぁ、かな」
「ふふっ」
「鈴蘭には毒があるからね、俺にピッタリってこと?」
「毒は薬にもなるって言うじゃないですか」
「まぁそうだね、国が違えばたしかに鈴蘭も薬に使われていたことはあるみたいだし」
「そうなんですか?」
「けどま、今は使われてないよ」