第19章 上匂
目が覚めた時、いつもより気持ちが軽く感じた。
多分、万里君が聞いてくれたおかげだ。
きのう慰めてもらった談話室には、まだ誰も起きておらず、私の作業する音だけが響く。
「…早いな」
音もなく近づいてきた、その声に一瞬肩が揺れた。
「…左京さん。おはようございます」
「あぁ。顔色、良いじゃねぇか」
「え?顔色?あぁ、はい。寝起き良かったので」
「そうか」
「珈琲飲みます?」
「もらう」
左京さんは新聞を片手に、椅子へと座った。
「悪いな」
「いえ、寮母(仮)ですから」
「(仮)でもねぇだろ。今じゃ随分、板に付いたな」
「…左京さんに言われると、嬉しいですね」
お湯が沸いて、コーヒーを蒸らしながら淹れていく。
その場に香ばしい良い香りが、立ちこめる。
取りにこようとした左京さんに、持っていきますと告げて、やかんを置いた。
「ありがとうな」
「はい」
微妙なタイミングのお礼の言葉に、そううなづいて左京さんの前に湯気立つカップを置いた。
「ありがとうな」
「はい。でも、さっきも聞きましたよ」
歯切れの悪い左京さんに、変なものでも食べたんだろうかと思う私は多分酷い。
「どうしたんですか?左京さん」
「…」
「?」
「昨日は、変なところを見せちまって、悪い」
「変?」
はて、と考えてもうまく思いつかず、それが顔に出てたみたいだ。
「あぁ…って、検討つかねぇみてぇな顔しやがって。
今後はあんなミス絶対、しねぇから。
芝居についても、監督に発破かけられたのももちろんだが、役者としても、若い奴らを食う勢いでやることにした」
そんなこともあったと思う反面、左京さんの決意表明に、出会ったばかりの頃を思い出した。
「…左京さん」
「なんだ」
「左京さんのお芝居も大好きだから、楽しみです」
「あ?!」
動揺するなんて珍しい。
「左京さんに初めて会った時から新生春組が立ち上がるまでのあの頃、諦めなくて良かったなって思いましたし、何より左京さんが今まで諦めないでいてくださって、本当に良かったって思ってます。
咲を見つけるのと同時に、このカンパニーを建て直して、寮や劇場に響く団員やお客さんの楽しい声が聞けるようになるのも、左京さんや支配人のおかげで、私の夢の一つだったから」