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3月9日  【A3】

第16章 鬱金


 side 至

 その日は予定より早く部屋を出た。
 イベントの最終日、溜まりに溜まった有給を消費していると聞こえてきた叫び声。

 「きゃああああああ!」

 支配人の声か、談話室の方で聞こえる。
 何かあったら呼ばれるだろうと、俺は重い腰を上げることはせずに画面へと向かう。

 …。

 ………。

 イベントが終わるまではまだ時間があるし、ライフはゼロだし、コーラは空だし…。

 徐に立ち上がり、自室のドアを開けた。

 今日は一日篭ってるつもりだったのに、あんな声も聞こえてきたら、呼ばれてないにしろ少しは気になる。

 後で事情をきくにしろ、万が一芽李が巻き込まれてたら、…と、少しだけ嫌な予感がしたから。

 「おはようございます、至さん」
 「はよー。綴、何があったの?」
 「予告状また来たらしいっす」
 「へぇ…」

 それであの悲鳴か、と思った時ふと目に入った。
 みんなが動くその中で、1人静止画のようにキッチンの傍ら止まったままの芽李の姿が。

 「至さん?」
 「…教えてくれて、ありがとう」
 「あ、はい」

 思い詰めたような、苦しそうな顔。
 なんで、そんな顔してるんだよ。

 予告状だけが理由じゃないみたいな、…。

 ぽんぽんと、芽李の頭に手を伸ばす。

 「考え事?」

 努めて優しく言った。

 「?」

 芽李の目がまんまるに見開かれる。

 「みんなもう、席ついてるよ」
 「え、あ?うん。至さん、おはようございます」
 「おはよー」
 「今日、ゆっくりですね?」
 「そうそう。イベント最終日だから、有給つかったんだよね」

 さっきの表情が、話してるうちに柔らかくなってたから、杞憂だったかと思い直す。

 「有給、いいですねぇ」
 「芽李は?」
 「しばらく顔を出してなかったので、職場に行こうかと。いつまでも待ってるからって優しい言葉を貰ってるので」

 でも、やっぱり引っかかって。

 「乗せてこーか?」
 「え?!」
 「ライフまだ、溜まんないから」

 言った後、チラッと顔を見れば、ぱぁあっと表情が明るくなる。

 「いいんですかっ」
 「はは。その顔咲也にそっくり」
 「嬉しいっ」
 「オレがどうかしました??」

 
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