第16章 鬱金
side 至
その日は予定より早く部屋を出た。
イベントの最終日、溜まりに溜まった有給を消費していると聞こえてきた叫び声。
「きゃああああああ!」
支配人の声か、談話室の方で聞こえる。
何かあったら呼ばれるだろうと、俺は重い腰を上げることはせずに画面へと向かう。
…。
………。
イベントが終わるまではまだ時間があるし、ライフはゼロだし、コーラは空だし…。
徐に立ち上がり、自室のドアを開けた。
今日は一日篭ってるつもりだったのに、あんな声も聞こえてきたら、呼ばれてないにしろ少しは気になる。
後で事情をきくにしろ、万が一芽李が巻き込まれてたら、…と、少しだけ嫌な予感がしたから。
「おはようございます、至さん」
「はよー。綴、何があったの?」
「予告状また来たらしいっす」
「へぇ…」
それであの悲鳴か、と思った時ふと目に入った。
みんなが動くその中で、1人静止画のようにキッチンの傍ら止まったままの芽李の姿が。
「至さん?」
「…教えてくれて、ありがとう」
「あ、はい」
思い詰めたような、苦しそうな顔。
なんで、そんな顔してるんだよ。
予告状だけが理由じゃないみたいな、…。
ぽんぽんと、芽李の頭に手を伸ばす。
「考え事?」
努めて優しく言った。
「?」
芽李の目がまんまるに見開かれる。
「みんなもう、席ついてるよ」
「え、あ?うん。至さん、おはようございます」
「おはよー」
「今日、ゆっくりですね?」
「そうそう。イベント最終日だから、有給つかったんだよね」
さっきの表情が、話してるうちに柔らかくなってたから、杞憂だったかと思い直す。
「有給、いいですねぇ」
「芽李は?」
「しばらく顔を出してなかったので、職場に行こうかと。いつまでも待ってるからって優しい言葉を貰ってるので」
でも、やっぱり引っかかって。
「乗せてこーか?」
「え?!」
「ライフまだ、溜まんないから」
言った後、チラッと顔を見れば、ぱぁあっと表情が明るくなる。
「いいんですかっ」
「はは。その顔咲也にそっくり」
「嬉しいっ」
「オレがどうかしました??」