第10章 お代は要りません《前編》◉相澤消太
「山田先生、先ほどの件です」
夕闇の黒、窓に映るその姿は蛍光灯に反射して昼間よりもはっきりと見える
こんな時間まで残っているなんて珍しいな、危うく顔を上げそうになるのを自制した俺は画面を睨みつけた
「サンキュー!さっすがめぐチャン仕事が早いねェ!」
「ふふ、山田先生のご依頼なので頑張りました」
山田と話す時の彼女はいつも茶目っ気たっぷり、まさにその言葉が相応しい
首を傾げた彼女の唇が弧を描くと、俺は上品なその色を視界に入れ盗み見る
そんな顔をして一体何のつもりなのだろうか、
鼻の下を伸ばし声を張り上げている横の男に殺気を送りながら、俺はEnterキーを強めに叩いた
「・・すみません、先ほどメールしたので明日確認をお願いします」
急ぎませんのでお手隙時に、そう付け加えると俺は意識的に視線をディスプレイへと戻す
「はい、!承知しました・・っ」
山田の隣に座って居たとはいえ、突然話しかけたのは驚かせただろうか
一瞬目を見開いた彼女は先ほどよりも少し控えめに口角を上げて、瞬きをして微笑んだ
「すぐに確認させていただきます、!」
律儀に佇まいを正す姿が窓に映る
俺と話すときの彼女はいつもこうだ、まぁ自身の無愛想な応対を思えば不思議は無い
急がないと言ったでしょう、そう返したい衝動を抑え無言を決め込んだのは他でも無い、視界の端に現れた山田のにやついた顔の所為だ
「あまり無理をし過ぎないで下さいね、イレイザーヘッド先生」
ああ、彼女は残業時間の集計担当だと山田が言っていたことを思い出す
お手伝いできることがあったら仰ってくださいね、なんて、また優しい微笑みを浮かべた彼女は小さくお辞儀をした
「・・ご心配どうも」
踵を返すと微かに残る上品な香り、決して華美ではないそれはまるで心地よい眠りに誘われるような好さがある
職員室を後にするその姿を盗み見ているのが自分だけでは無いことくらい、さすがの俺でも気づいていた
「Ahhhホントめぐチャンってこう・・イイよなァ」
「くだらないこと言ってないで仕事しろ」
「出た、むっつりショーチャン」
「マイク、吊るされたいか」
低く呟くと山田が笑いを堪える音、全く以て抑えられていないそれに大きく舌打ちをすると騒つく胸の音を掻き消すようにキーボードを叩いた