第9章 ふわふわなんかさせない◉相澤消太
煌々と漏れた光に引き寄せられると、賑やかな声が段々と近づいてくる
凍えるような廊下、十二月のこの時間はすでに充分すぎるほど暗くて
冷え切った扉にゆっくりと手を伸ばすと、中からそれを開けた相澤くんが私を見下ろして小さく手招きをした
「わ・・っ!」
「ちょうどよかった、入って」
教室に足を踏み入れると、部屋いっぱいに広がった甘い香りに頬が緩む
黒板には大きな「Merry Xmas」の文字、そしてその横では少し歪なサンタがこちらを見て不敵な笑みを浮かべていた
「これ、相澤くんが描いたの?」
「そんなわけないだろ」
中央に寄せられた机の上には、スーパーで買って来たのだろうか、
上下半分に切られたスポンジとパックに入ったままの苺が置かれている
「ごめんね、まだ準備中だったかな?」
「いーのいーの!ウェルカーム!」
「むしろ、ちょうど助けが必要なところ」
相澤くんの目線の先には、机の横にしゃがみ込んだ白雲くんの姿
生クリームの袋を構え、私を見て嬉しそうに目を細めた彼は持ち前の明るい声を響かせた
「めぐが居ると更に楽しくなるからさ!」
「いいからお前は手元見ろ」
スポンジの上に絞り出したクリームを慣れない手付きで白雲くんが伸ばしてゆく
口を尖らせて集中しているその姿に思わず笑みが漏れた
「ふふ、白雲くん、顔にクリームついてるよ」
「マジ!?ちょっ、取ってくんね?」
子犬のような困り顔に笑いを堪えきれず吹き出すと、私は机上のティッシュを一枚取りはにかんだその頬のクリームを拭き取った
「はい、取れたよ」
「さんきゅー!」
「めぐめぐ、オレもっ!」
そう言って生クリームを思い切り指で掬った山田くんが、得意げに自身の頬にそれを滑らせる
「あはは!もう、なにしてるの」
「ほらよ」
「ぶっ!は!お前が拭くなよ・・!てかコレ俺のジャージね!?」
相澤くんが押し付けたのは紛れもなく山田くんのジャージ、べたりと広がった白いクリームは紺の布地によく映えて、それを見た山田くんが叫び声をあげた
二人の応酬に笑いが止まらなくなってすっかり油断していた私は、次の瞬間、頬に感じたひんやりとした感触に目を見張ることになる