第8章 優しく迷子の手を引いて◉飯田天哉
「なぁ、あれって付き合ってるよな?」
握りしめた缶が心地よく掌を冷やしていく
駆け寄った私に微笑みかけると、汗を滴らせた飯田くんは眼鏡を外してガシガシと髪を拭いた
「おつかれさま」
「ああ、ありがとう」
一瞬躊躇った手が優しく私の髪を撫でる
気持ち良くて目を細めると、彼の背後から顔を覗かせた二人が黄色と紫の髪を揺らした
「「絶許・・!!!」」
「勘違いしないでくれ!まだ俺たちは交際していない!」
ビシッと腕を振り回した飯田くんが、黒いオーラを放つ二人を何とか体育館の中へと押し戻して
やれやれと溜め息を吐くと、笑うのを我慢している私を軽く睨んだ
「正しく恋をしているのは俺だけだ」
「・・なのに、あんなキスしたの?」
「そ、それは、」
もっと真面目かと思ってた、なんて軽口を叩いてその頬に口付ける
ちゅ、と音がした途端、曲げた手ごと彼は綺麗に固まった
「ま、また君は・・!交際前だと言うのに・・!」
「ふふ、ごめんなさい」
早く飯田くんからしてほしいな、そう言ってちらりと彼を見上げると
かぁっと赤くなったその顔を大きな手が隠した
「待ってるね、堅物さん」
「か、かた、!?」
眉を寄せた彼は悔しそうにぎりりと歯を食いしばって
ぐい、と引き寄せられた次の瞬間、私の背丈まで屈んだ飯田くんが熱い唇を私のそれに押し付ける
ふわりと香った柑橘、相変わらず赤い顔を顰めた彼はきつく目を閉じて
「ん・・っ」
強引に塞がれた唇とは裏腹に、繋いだその手はどこまでも優しい
大きくて力強いその温もりを、どこか懐かしく感じると伝えたら貴方はきっと怒るのだろう
「君が俺に恋をするまで、」
「もうしてるのに」
彼の胸に額を預けると、速い鼓動が心地よく耳に届く
覗き込んだ目の奥で揺れたのは、私に触れたくてたまらないと叫ぶ愛しいその葛藤
嬉しくて苦しくて、溢れてしまう想いのままに彼の背中に腕を回すと
はぁ、と悩ましげに吐き出された溜息が私の耳元で響いた
「・・まだ、兄には会わせないからな」
低く注ぎ込まれたその声に、胸の奥がまた甘い甘い音を立てる
「君の手を引いていいのは、俺だけだ」
抱き寄せられた拍子に落とした手帳、
ひらひらと地面に舞い落ちた憧れのヒーローは、此方を見て呆れたように微笑んでいた