第21章 あなたの青に触れさせて《前編》◉鷹見啓悟
「俺、薬師先生って呼んだことないの知ってました?」
貴女の生徒じゃないんで、ぐいと近づいて低く耳に注ぎ込んだ声、こんな風に圧を滲ませては怖がられてしまうだろうか
目の前の男は、貴女の聖域である学校とは1ミリも関係のない異物なんです、さっきの言葉を借りればまさに住む世界が違うってヤツ
「ちょ、あの・・っ、近いで、す」
何かがひとつ違えば、自らにも存在していたかもしれない青い世界、それはどんなに焦がれてももう決して手に入らない
でも俺だって、触れたい
清らかな時間と純真な息吹に包まれたあの空間で日々を送る貴女を、手に入れたいと思ってしまった
———うちの保健医に何の用だ、
貴女を守り俺から遠ざけるそれごとぶち壊して、空高く攫ってしまいたい
「呼んでみて下さいよ、啓悟って」
「へ」
鼻先の触れ合う距離、全く以て計画外の視界にじわりと汗が滲んで
狼狽え震えた唇が必死に息を止めているのが分かる
自分の鼓動だけが、ドクドクと血を送る音だけが頭の中に響いた
「啓悟くんでもいいですよ、サンはダメ」
「・・っ」
「それとも、」
このままシちゃっていいですか、見開いたそれに映る獰猛な目に頭が冴えていく感覚がする
怖がらせたくなんてないのに、今にも泣き出しそうな表情に身体が熱くなるとは
「・・スミマセン、俺がっつきすぎですね」
辛うじて残っていた理性が俺を運転席へと引き戻す、同時に彼女が酸素を吸い込む音がして俺は苦笑を漏らした
「でも全然想像できない、ってほどじゃないでしょ?」
「た、しかに・・」
「はは、素直すね」
意識的に下げた眉、危害は加えないとアピールしたところでもう手遅れ
そう分かっていても、足掻くように必死に繕う自分が白々しい
窺うように見遣った先、同じようにちらりと上げた視線がぶつかった
「・・あそび、じゃ」
「こう見えてまあまあ忙しいんすよ、遊ぶ暇が無いくらいには」
目を丸くした彼女がはにかむように微笑んで、まだその笑みが見られることにとてつもなく安堵している
「えっ、と、では来月・・、それまで、」
「返事欲しかーー」
ハンドルを掴み恨めしく駄々を捏ねると困ったように弧を描いた唇、愛らしい桃色が躊躇いがちに開かれた