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《ヒロアカ短編集》角砂糖にくちびる

第21章 あなたの青に触れさせて《前編》◉鷹見啓悟



「・・おやすみなさい、啓悟、くん」

「っ!?」

言うや否や、左側に手を掛けた彼女がそそくさとドアを押し開けて
言い逃げなんかさせん、背を向けた細いその肩に腕を回す


「ひぁ・・っ」

「勘弁してくださいよ」

どんだけ我慢してると思ってんすか、さらりと揺れた髪に口付けると強張った小さな身体、込み上げる想いが暴走してしまわないように息を逃すと心臓が掴まれたように苦しくなった


「・・ちょっと私も、頭冷やしますね」

「逆上せてくれたんですか、感無量です」

彼女が開けたドアの隙間から車内に流れ込んだ春の夜風、静かな虫の声が命の音を奏でている


彼女に触れていると、此処に居て良いんだと赦されている気分になる
翼を失った鳥でも、まだ生きていていいんだと



「そろそろ手、離して、ください・・」

「鷹ってめちゃくちゃ肉食なんですよ」

アヒルちゃんと一緒にしないで下さいね、名残惜しさを誤魔化すようにそう呟くとその頬が紅く染まって



何度も頭を下げた彼女が建物に消えると、数十秒後に角部屋の電気が付いた


「あれま、無防備なんだから」

ハンドルに顎を乗せ灯りの付いた部屋を見上げる
赤い羽根を向かわせて窓ガラスをコンコンと叩くことも、大きな音を響かせながらベランダに降り立って驚かせることも、もう今は、




「・・カッコよかったんですよ、俺」


ゴーグルを通して見渡した琥珀色の世界が酷く恋しくなる時がある

空を舞う俺を貴女にも見て欲しかった、その身体を抱いたまま夜空を飛んでみたかった、思い切り眉を顰めると名前の無い気持ちが胸の中を覆っていく

ミラー越しに見遣った後部座席にはすっかり出番のなくなったヒーロースーツ、黒いケースの中で燻っているそれを最後に身に付けたのはいつだろうか


「こんな夜に、独りにしないで下さいよ」


自身の危うさを自覚しているからこそ、誰にも執着したくないと思っていたのに


美しい空への未練は決まって、同時に仄暗い闇を連れてくる
どれだけ大義名分があったって、いくら正義の為だって、俺の両手は今まで、




———飛べなくても可愛いですよ


陽だまりのような声が耳の奥で木霊すると、思い出すのはティーカップの温度

ああもう戻れないところまで来ている、小さく呟いた彼女の名前は自身の苦笑とともに優しい暗闇に溶けていった
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