第18章 どうでもミルフィーユ◉相澤消太
「ココのは絶品なんだぜェ!?並んでやーっと買えたんだからよ!」
重なった生地とクリーム、卒業式を来週に控えた職員室で熱く語っていた山田くんの姿を思い出して笑みが溢れる
「ほらね、山田くんは食べたことあったでしょ」
「アイツは例外だって言ったろ」
義理チョコのお返しにしては高級すぎるそれを丁寧にお皿に移すと部屋に甘い香りが漂った
「相澤くんの分もあるよ、さすが山田くん」
「飴でも返しとく」
「サルミアッキはやめてあげて」
かちゃりと音を立ててカトラリーを運ぶとHNの画面を閉じた彼が顔を上げて
以前は険しい顔で眺めていたそれも、最近は教え子たちの活躍に目を通すことが主になっているようで穏やかな表情が増えた気がする
「ミルフィーユを贈る意味って知ってる?」
「俺が知ってると思うか」
「ふふ、思わない」
心底興味なさそうに歪んだ口元が可笑しくて、紅茶を注ぐ手が震えるのを彼はむっとした顔で見つめている
「そうだ、相澤くんからのお返しは?」
「あー・・、何か食いたいもんあるか」
「もう!それならいらないよ」
そういうわけには行かないだろ、なんて、律儀なのかそうじゃないのか全く分からなくて私は思わず吹き出した
「・・今渡せるモンは、これ位しか無いな」
がさごそと鞄を漁ると大事そうに取り出されたのは上品で小さな箱、落ち着いた色のベロアがテーブルの上で輝いている
「今まで渡したどんな物より、選ぶのに苦労したよ」
不安そうに頬を掻いた指がそっと小箱に触れると、ゆっくりとそれが開かれて
「気に入ってくれるといいんだが」
「こ、れ・・って」
みるみる滲んでいく視界を通して見つめた小さな環は、目に映る世界ぜんぶをきらきらと煌めかせて
春の陽を受けた石がプリズムのように光を集めて、テーブルに淡い模様を作った
「うそ、これ・・がバレンタインの、お返し?」
「きっかけなんてどうでもいい」
幸せにする、真っ直ぐに紡がれた言葉に顔を上げると、優しいその眼差しにまた涙が溢れる
「相澤くんが好き・・っ、すごく・・!」
「ああ、知ってるよ」
伸ばされた腕に思い切り飛び込めば、温かな彼の温度が私に流れ込んで
短くなった髪に隠された右目、触れ合えばひんやりと冷たい右脚、そのすべてが愛おしくて私は声をあげて泣いた