第5章 お祈りはいつも届かない
小さい頃、ヒーローに憧れていた。
日曜の朝に見かけるような、他の人にない力を持っていて、その力で悪い奴を倒して、世界を救う、そういうヒーローに。
反面、悪い奴を倒すだけじゃどうにもならないってことも、その頃の俺は十二分に知っていた。
俺はどっちかというと、倒されるべき側に近かったから。
だから身を隠す術を教えられた。
周囲を見渡して、止まり木を見つけて、人の間をうまいこと飛び回って生きていくための方法を、親父もお袋も、本当に耳にタコができるんじゃないかってくらいの熱心さで、俺に吹き込んだ。
世界を救うなんてとんでもない。
現実の俺は嘴が黄色いひよっこで、自分の身を守るのだけで精いっぱい。
年の割には正確に自分の立ち位置を把握したとき、俺の目に飛び込んできたのはそんな光景だった。
もう何にもできねーわ、ってなったよ、あの時は。
だってとっくに、俺と同い年のヒーローたちが存在していたんだから。
最初から、俺の出る幕なんて無かったんだ。
でも、人生そんなに悪い事ばかりじゃないらしい。
その日、転機は想像以上の平凡さで、腐っていた俺の元へと落ちて来た。
「あの子が見えるか、和成」
日も暮れかかった時刻、知らない街の住宅街。
路肩に車を止めた親父は、運転席に座ったまま、外に見える公園を指さした。
男二人でドライブに行くか、なんて急に言い出すから、少し楽しみにしてたんだけど。
どういうことなの、これ?
「……見える、けど」
遊んでいる人数は少ない。
男子二人の中に、女子も一人混じってサッカーをしている。
「あの子ってどの子?」
「女の子だ」
それなら間違いようがない。たった今、強烈な空振りをかましたところだ。
勢い余って尻餅をついて、腰の砂を払いながら立ち上がる。車の窓で遮られて聞こえないけれど、友達二人に笑われて、不満そうに文句を言っているみたいだった。
「和成」
「なに?」
「一つお前に頼みがあるんだ」
ぼんやりと彼女を眺めたまま、俺はほとんど上の空で返事をする。
なんでか分からないけど、不思議と目が離せない。
殆ど窓にくっつくようにして、食い入るように見つめていたから気づかれたのか、ほんのちょっとだけ、女の子と視線がぶつかる。
一瞬、息が止まった。
車の中が見えないようにシールが貼ってあったはずなのに、彼女は真っ直ぐ俺を捉えていた。