第8章 花咲く夜に〈煉獄杏寿郎〉
「けほっ けほっ」
かれんは息苦しさで目を覚ました。咳が止まらず、呼吸がし辛い。
え…もしかして…
大きく深呼吸をしようとした途端に、更に息苦しさは増し、背中全体が締め付けられるような痛みがかれんを襲った。喘息の発作だった。気管支がひゅうひゅうと鳴り、冷汗がかれんの額を滲ませる。かれんは胸元を押さえながら、ベッドの横にある引き出しから吸入器を取り出し、薬を吸い込んだ。
しばらくして呼吸は安定したものの、まだ胸と背中には鈍い痛みが残っていた。時刻は朝の7時半を指していた。
元々喘息持ちのかれんは、季節の変わり目や疲れが溜まっていると時々発作を起こした。大人になってからその回数は減っていき、一年に一度あるかないかまでになっていた。
よりによって、今日なんて…
夜には…治るよね…
今日の夜は、会社の同期と行く地元の花火大会があるのだ。その中には、かれんが入社当時から想いを寄せている煉獄杏寿郎もいる。
入社式の会場で、かれんの隣の席に座っていたのが杏寿郎だった。緊張していたかれんの心を解すように「同期になるのだな!よろしく!」と気さくに話しかけてくれた。明るく元気で、お日様のような杏寿郎のあたたかい眼差しにかれんは瞬く間に心惹かれていった。
杏寿郎とは最初の一年は同じ部署の配属だったが、二年目からかれんのいるフロアの一つ上の階の部署へと異動してしまい、昼休憩か通路で挨拶を交わすぐらいになっていた。久しぶりに杏寿郎に会える喜びと、他の同期の皆との再会に、かれんはこの日をずっと心待ちにしていたのだ。
部屋の壁には、同期で一番の仲が良い甘露寺蜜璃と一緒に買った桔梗柄の浴衣が吊るしてあった。蜜璃も同期内にいる伊黒小芭内に絶賛片想い中で、「当日は思いっきりおめかししていこうね!」と蜜璃はにっこり笑い、二人で奮発して色違いのアイカラーも買ったのだ。
どうか、夜までには治りますように…
かれんは昇った朝日に祈るように、再び眠りについた。
・・・
目が覚め、気付くと16時を過ぎていた。息苦しさはあまり変わっておらず、かれんはベッドから体を起こし、僅かに残る胸の痛みに顔を歪ませた。
…どうしよう…
全然治らない…