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檸檬香る、その恋に【鬼滅の刃 / 短編集】

第7章 どうか、届いて〈不死川実弥〉




「え…っ、本社に異動…ですか…!?」


オフィスの休憩室にある自動販売機でコーヒーを買っていたかれんの手が止まった。

「おー…、俺も昨日聞かされたばっかでよォ。…なんつーか、…急だよなァ」

はあとため息をつきながら、実弥は休憩室の椅子に腰掛けた。缶コーヒーを開けて一口飲むが、その目は何処か空だった。

「…っで、でも!本社勤務なんて、すごいじゃないですか!!きっと実弥さんの業績が認められたんですよ!…すごいです…っ」

かれんは自販機から取り出した実弥と同じ缶コーヒーをぎゅっと握りしめた。

(…もう、こうやって話すことも…できないんだ…)

突然込み上げる涙をかれんはぐっと堪える。実弥は今にも泣き出しそうなかれんに気付いていた。

「…俺の後任は檜原、お前だかんなァ」

「…えっ!?そんな、無理ですよ!できないです!!」

「ハァ?!お前以外、誰がいンだよ。散々一緒にやってきただろーが」

「…でも、実弥さんが居ないなんて…私無理です…」

実弥は飲み終わった缶をゴミ箱に捨てると、立ったまま俯くかれんの前に立った。

「…しゃーねぇだろォ。異動になっちまったんだから…」

「…そう、ですよね…。…すみません、我儘言って…」

かれんは溢れそうな涙を手の甲で拭いた。拭いても拭いてもその涙は収まらなかった。



『おー!檜原、やるじゃねェか!』

初めて一人で商談に行った時、無事に承認してもらえたことを実弥に報告すると、とびきりの笑顔で一緒に喜んでくれた。かれんは一瞬にして、その笑顔に心を射抜かれてしまった。

今から3年前、営業部に異動してきた営業未経験のかれんを、一から丁寧に指導してくれたのが実弥だった。実弥のコミュニケーション能力はズバ抜けていて、真面目なのに堅すぎず、誰とでも気さくに話しができ、社内からもその評価は高かった。そしてどのクライアントからも信頼が厚かった。
実弥は自分達の企画の説明よりも、まずはクライアントの思いを丁寧に傾聴する。決して自分達の思いや概念を押し通したりせず、何度も何度もすり合わせをして両者が納得がいくまで話し合う。そんな実弥の姿を見て、クライアントはいつも快く承諾してくれるのだ。
実弥はかれんの憧れだった。

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