第1章 第一章
「…………ん」
意識がふわりと持ち上がり、喜世乃は目を覚ました。
天元が呼びにきてくれると言っていたので、おそらくそれより前に目が覚めたらしい。部屋は薄暗く、日が落ちている最中であった。
喜世乃はゆっくり身体を起こし、すこし硬くなった関節をほぐすように伸びをした。そして外の空気を吸いたくなったので布団から出て、そっと襖を開けてみる。
部屋の外には小さな中庭があり、小さな池には鹿威しがつけられ、規則的に動いている。
中庭を眺めるために縁側に腰掛け、鹿威しをぼんやりと眺める。
ぼんやりと鹿威しを眺めていると、その側に小さく咲いた花があった。しかし、花は下を向き、もうすぐ枯れてしまうような様子だった。それが目に入り、喜世乃は履物を履かずに裸足で庭へ出てその花にそっと手を触れる。
花弁に少し皺があり、萎びてしまっている。これはもうすぐ枯れてしまうだろう。
「せっかく綺麗に咲いたのに…」
その花は鮮やかな山吹色の花弁をしており、咲きたての頃は今よりもっと綺麗だったことがわかる。
「俺が綺麗にしてあげる」
喜世乃は花に触れながら小さな声で歌い始めた。すると花の周りがぼんやりと明るくなる。喜世乃が紡ぐ優しい音に、花の周りの光は少しずつ強さを増し、萎びていた花弁はみるみるうちにピンっと咲き始める。
まるで喜世乃の歌から生命力をもらっているようにみるみるうちにより鮮やかな山吹色になり、枯れ始める前の姿を取り戻した。
「やっぱり綺麗だね」
綺麗な花にそう語りかければ、花に触れていた手を離して花を見つめる。
「…おい」
花を眺めていると後ろから声をかけられ、驚いて振り向く。
「…宇髄さん」
声の主は天元で、その表情は固い。天元の表情からみて今のを見られていたらしい。
「見ましたか…?」
恐る恐る尋ねると、天元は言葉を発さず頷いた。見られてしまったことに指先から血の気が引いていく。
「お前、今何した」
「…花を咲きかえらせました」
「どうやって」
無表情の天元から次々と質問が飛んでくる。驚きや恐怖の見えない表情に、さらに言葉に詰まる。
「…歌を…歌いました」
「歌で花が元に戻るのか。そんな話きたことねぇぞ」
天元の声はとても静かで、昼間のやかましさはどこへいったのか。