第1章 第一章
「ごちそうさまでした」
お盆を自分の横にそっと置いて雛鶴たちを見て喜世乃は言った。
「食欲あるみたいで安心した」
雛鶴の横に座っていたまきをがパッと笑いながら言い、ここにいる人は自分の身を案じてこんなにも良くしてくださったんだと喜世乃は思い、この恩は絶対忘れてはならないものだと感じた。
「食欲はあると言ってもまだ身体の傷は癒えてねぇだろ。夜にまた起こしてやるからそれまで寝てろ」
天元はその大きな手で喜世乃の頭を豪快に撫でて、自分の妻たちを引き連れて部屋から出て行ってしまった。
「…嵐のような人だな」
彼らが出て行った後を見つめていれば自然とその言葉は口から出た。
こんな身元もわからない自分のために布団や綺麗な着物まで用意してくれた。自分が着ている着物の袖をぼんやり眺め、こんなに人に親切にされたのはいつぶりだろうと考える。
天元の言葉に甘えて夜まで寝ることにし、布団に潜り込んで目を閉じれば、自然と眠気が訪れ、すやすやと布団が上下した。
部屋の外で気配を消して天元は立っていた。1人にして大丈夫か少し心配だったからである。部屋から聞こえる寝息に、寝たことを確かめ天元はその場から離れる。
先程、"もう少し早く見つけてやればよかった"と天元は喜世乃に言った。しかし、天元は喜世乃が襲われている最中から気配を消して喜世乃と男を眺めていた。
助けに入るタイミングを見計らっていたわけではない。女が襲われているならともかく、男が襲われているなら特に助ける必要もないと考えていたために、天元はその場で行われていたことを止めなかったのである。
しかし、全ての行為が終わった後の喜世乃の目を見て天元は驚いた。喜世乃の目からは涙が流れていた。涙が流れたということは悲しいあるいは辛いという感情が堰を切ったからであるはずなのに、喜世乃の目は何も写さず、真っ暗闇の絶望がそこにあるかのようだった。
そんな喜世乃の目を見た天元は、まだ少年といえる年の子供がする目ではない思ったら体が反射的に動いていたのである。