第56章 窮地を救うは誰の手か
安土城で見た、冷たく凍るような目を一度も見ていない。
戦や陰謀のような物騒な世界から離れているせいなのか理由はわからない。
でも温かい眼差しを見ていると単純に良かったな、と思えた。
天下人だって人間だ。
あんな冷たい眼差しで非情な判断を下し続ければ、どこか壊れてしまう。
少しでも温かい時間を過ごして欲しい。
「そういえばさっき私が自殺すると思って、慌てさせてしまったそうですね。
蘭丸君が驚いていましたよ。『信長様が慌てるところを初めて見た』って。
本当に申し訳ありませんでした」
戦だ急襲だと言っても動じない信長様が慌てるなんて未だに信じられないけど、意外性を引き出せたとしたら少し嬉しい。
信長「貴様、面白がっているであろう?」
「いえ?ふふ、ちょっと嬉しいなって思っただけです」
信長「反省が足らんようだ。金平糖ひとつでは足りんな」
すっと信長様の手が私の右手首を捕えて身を屈め…
カリ
「ひゃっ!?」
右耳を齧られた。
「なななな、何するんですか!?」
私は手を振りほどき齧られた右耳をおさえた。
信長様は身を起こし、何でもないというような表情で立ち上がった。
信長「右手、右耳、膝は勝負をして俺が勝ち取ったものだ。
どうしようと俺の勝手だ。好き勝手されたくなければ勝負をして奪い返せばよかろう?」
「む……」
信長様はクルリと背を向けて去っていく。
「反論できないところが悔しい…!」
ブツブツ文句を言っているうちに濡れていた髪はすっかり乾いていた。