第55章 その手をもう一度
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「信長様、ありがとうございます」
我慢していた涙を思いっきり流すと、状況は変わっていないのに気分がスッキリした。
こんなに泣いたのは久しぶりで、瞼が重い。
縋り付くようしていた身体をおこし見上げると、信長様に鼻で笑われた。
信長「母になって少しは落ち着いたかと思えば、相変わらずだな」
濡れた目元を指先でぬぐってくれた。
頬に触れた指先の感覚に懐かしさを覚える。
力強くて、温かくて、凄く安心できる。
「すみません。信長様だって突然知らない場所に来て不安でしょうに、私だけ取り乱してしまって」
信長「俺がこの程度で不安になるとでも思うのか?なめられたものだな」
おでこを指先でつつかれ、そのまま頬を弄ぶようにフニフニと掴まれた。
口では茶化していても眼差しは温かく落ち着いていて、気のせいかちょっぴり嬉しそうだ。
信長「ここがどこかわからんが、日ノ本であることは間違いない。
絶体絶命の状況から逃げおおせただけで満足しておる」
手当てした包帯に目がいく。
確かに命を失うことに比べれば、ここがどこかなんて小さいことかもしれない。
(私も…謙信様さえ居てくれれば、いつ、どこであろうと構わないのに)
信長様は頬に触れていた指を耳の後ろへ差し込んだ。
サイドの髪を後ろへ流すように梳いてくれる。
落ち込みそうになった気持ちは、心地良さに掬(すく)い上げられた。
信長「そう急(せ)くな。光の道は貴様と謙信を引き離したが、何か意味があってのことかもしれぬ。
一度目貴様は俺を助け、佐助は謙信を助けた。
此度、貴様は俺と蘭丸を助けた。謙信達も誰かを救っているやも知れぬぞ?」
突飛な事を言われ、信長様の瞳を見返す。
信長様がなんの根拠もなく仮定を口にするのは珍しい。
(励ましてくださってるのかな)
魔王だ、鬼だと呼ばれていても、私の前では、この方はとても優しい面を見せてくれる。
胸がフワリと温かくなった。
「死ななくて良い命を救うためだったというなら…少しの間離れても我慢できます。
ありがとうございます、信長様」
少しだけ元気がでた。