第55章 その手をもう一度
いつかのように膝の上に横抱きされ、強く抱きしめられた。
懐かしい信長様の香りが身体を包みこみ、その近さに体が強張った。
信長「安心しろ、とって食いはしない。貴様が軍神に再会するまで俺が守ってやる。
命を拾い上げてくれた礼だ」
囁く低い声は鼓膜を心地良く通り過ぎて、身体の内へ染み込むようだ。
「のぶ、なが様……、ありがとうございます。わ、私…」
今になってやっと自分の気持ちと真正面から向き直った。
一年間ずっと傍にあった支えが、温もりが……ない。
『守る』と言ってくれた、大好きな人が居ない。
大事なモノがごっそりと抜け落ちた喪失感に、身体が小刻みに震えてきた。
信長「なんだ?」
言いたい事なんてわかっているだろうに信長様は先を促した。
「あいた、い…です。謙信様に、会いたいんです。
ゆ、り……、結鈴にも会いたいっ…」
信長「……」
涙が止まらない。
「ふっ、ぅ…」
抱きしめてくれている腕が『一人じゃない』と言ってくれる。
信長様の着物を掴んだまま子供のように泣きじゃくり、その間、信長様はずっと背中を撫でてくれた。