第55章 その手をもう一度
「龍輝、信長様の持ち物に触っちゃ駄目よ。見るだけ、ね?」
甲冑の周りをグルグル見て回っている龍輝に注意すると、
龍輝「うん!わかってるよ!信長様は怖いんだもんねっ!」
「こ、こら!」
『しー!』と人差し指を立てるも、龍輝は悪びれなく笑っている。
恐々信長様の顔を伺いみると怒ってはいないようだ。
「重ね重ね申し訳ありません」
信長「良い」
信長様は怒るどころか機嫌良さそうに龍輝を目で追っている。
(困ったな、龍輝に礼儀正しくしろなんて急には無理だし)
頭を抱えていると龍輝がスライディングのように滑り込んできて、膝の上にドスンと乗ってくる。
「わわっ!龍輝ったら!」
勢いに負け、ひっくり返りそうになったところを信長様が片腕で支えてくれた。
信長「龍輝、やんちゃなのは構わんが母に怪我をさせるなよ?」
龍輝は信長様の言うことをすんなり聞き入れ、こちらを振り返った。
龍輝「ママ、ごめんね?」
「う、うん。もう少しゆっくり膝に乗ってくれると嬉しいな」
よしよしと頭を撫でて人心地つく。
(龍輝のことはおいおいと…。夕飯はお弁当があるから良いとして、寝られるようにしなくちゃ)
破れた窓や壁を見て、何かで塞がないと、とアレコレ考えを巡らせる。
信長様は腰を上げると片腕を懐にいれた。
信長「貴様はここに居ろ。火をおこす材料を取りに行ってくる」
「はい。では私はもう少し過ごしやすいように工夫してみますね」
龍輝「ママ、僕、信長様と一緒に行きたい」
行きかけた信長様の足がピタリと止まった。
「え、駄目だよ。お散歩に行く訳じゃないんだから邪魔になるでしょ?ママのお手伝いしてよ」
龍輝「えー、僕、信長様がいい」
「いやいや、ちょっと待って。信長様がいいって…龍輝~」
頭が痛い。
信長「ふっ、かまわん。龍輝、そのかわり俺の役にたて」
龍輝「うん!」
キランと目を輝かせ龍輝は信長様にくっついて行ってしまった。
「大丈夫かな。信長様って意外と子供に寛容なのね…?」
いつも大人に囲まれていて、子供と接しているところを見かけたことはなかった。
意外な一面だ。
「よーし、龍輝が居ないうちにぱぱっとやっちゃうかな!」
襷がけをして作業に取り掛かった。