第55章 その手をもう一度
信長「そうだ。京へ向かう途中、本能寺で……」
本能寺の変だと確信して聞き始めたけれど、途中で話は予想を飛び越え天災だったと知る。
(光秀さんが見回りに出た後、雷で火災が起きた?)
光秀さんが謀反を起こしたわけじゃなかったんだと、ひりついていた胸がおさまった。
信長「雷は俺を逃さぬよう、狙いを定めて落ちてきた。
まこと、あれは奇怪なできごとだった」
信長様は顎に手をやり、その時の情景を思い出している。
(雷が人を狙うなんて。もしかして…)
一つの考えに至り、胸に不安が広がった。
1582年、信長様は本能寺で命を落とすはずだった。
(死ぬはずだったはずの人が私の手で生かされてしまった。もし……それを修正する力があったとしたら?)
雷が信長様を殺そうとした。
天災と一言で表すには不可解で、不吉な予感がした。
信長様が森蘭丸の頭の包帯に触れた。
信長「雷に行く手を阻まれているうちに火が回り、蘭丸は俺をかばって燃える梁を頭に受けた。
俺をおいて逃げれば助かったものを」
まるで『愚かなことを』と訴えるように、赤い眼差しが暗く光っている。
「小姓の勤めを果たされようと思ったのではないですか?こんなに若いのに立派な方ですね」
信長「…こやつはもともと顕如の手先でな」
感情のこもらない瞳が森蘭丸の青ざめた寝顔に向けられる。
顕如と言えば本能寺で信長様を手にかけようとしていた犯人だ。
「えっ?なんでそんな人が信長様の小姓を?」
信長「刺客として俺の懐に忍び込んできたが、こやつは安土に溶け込みすぎたゆえ、どちらを選ぶこともできず惑っておった」
(刺客って…こんな可愛い男の人が…)
見た目で判断してはいけないことくらいわかっているけど、眠っている森蘭丸の姿は刺客とはかけ離れている。