第3章 看病一日目 可愛いは褒め言葉
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半刻ほどたった頃、顔を赤くさせた舞が帰ってきた。
寒かったのだろう、鼻の頭や荷物を持っていた手が真っ赤になっている。
謙信「寒かっただろう。少し座って温まれ」
「いえ、急いで作ります!お腹すいているでしょうし」
襟巻と羽織を畳み、すぐに襷がけをしている。
両手を擦り合わせて手を温めている様子がどうにも気にかかる。
謙信「では竈に火を熾(おこ)してやる。囲炉裏の傍に居ろ」
「えっ?えっ?」
驚いている女を無理やり座布団に座らせ、火鉢を傍に置いてやる。
土間に下りて火を熾していると舞がのほほんとした顔で火にあたっている。
時折鼻をすする音と手を擦り合わせる音が聞こえた。
(米を炊いておいてやるべきだった)
これから井戸端にいって米を研げば、今温まってもすぐに冷えてしまうだろう。
『安土の姫は針子の仕事をしている』と報告が上がっていた。
かじかんでしもやけを起こしてしまえば針子の仕事もできなくなるだろう。
仕事をする姫など聞いた事がないが、仕事ができなくなった姫を信長は罰するのだろうか。
パチパチと燃え始めた木を見ながら、眉間に皺がよる。
謙信「お前は針子なのだろう。仕事はいいのか?」
「もう年の瀬が近いですし、急ぎの仕事は全て終わっています。普段休みもせず働いているせいか、針子部屋の責任者に休日をもらいたいと伝えたら快く許して下さいました。
心配して下さってありがとうございます」
(信長に罰せられことはなさそうだが……)
謙信「姫が針子部屋の長に許しをもらうのか?」
信長の気に入りの姫が城勤めの者に許しをもらうなどと、おかしい。
舞は首を傾げ、俺の言わんことを理解していないようだった。
謙信「姫なのだろう。それも信長に大事にされている特別な姫だ。
休みたい時に休むのが常だ。わざわざ許しをもらうのか、という意味だ」
「ああ、そういう意味ですか…。仕事は仕事。身分は関係ないです。
一人抜ければ誰かがその穴を埋めなければいけないんですから。きちんと許可をとって休まなくてはいけないと思うんです」
きっぱりと言い切る態度には、仕事に対しての真摯な姿勢が感じられた。
この娘が仕上げる物はさぞ良いものだろうと想像できた。